Let's Go to The Movies!「映画を観に行こう!」あがた森魚

Vol.01“Temporada De Patos”ダック・シーズン

2006年5月13日より、シアター・イメージフォーラムにて公開
監督:フェルナンド・エインビッケ
主演:エンリケ・アレオーラ、ダニエル・ミランダ、ディエゴ・カターニョ他
2004年/スペイン/90分/配給:クレスト・インターナショナル
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一人一人という存在が、きわだって一人一人という存在であることの理由を明確にしてくれるのが「孤独」というサルサ≒スパイスである……、『ダック・シーズン』は、そんな無邪気なことに気付かせてくれる一見他愛のない青春映画だ。

悠長な日曜日の午後のアパートの停電という魔術に引き寄せられて結集したどこにでもいそうな孤独所有者の約4名には、わけもなくこうむった孤独の頂上のあとに、やわらかな自己発見と、旅立ちがが待っているのではないか。あまりにたわいなさ過ぎる日常茶飯事だが、孤独の後にはきっとそういう幸運も待っているはずなんだ、とも気付かせてくれるたくらみのないイノセントな映画でもある。

だいぶ昔の話になるが、ロシアのエイゼンシュテイン監督の『メキシコ万歳』には、酔わされた。そして、メキシコに魅かれた。スペインからやってきたルイス・ブニュエル監督の『幻影は市電に乗って旅をする』にはまどわされた。しかし、メキシコに目が向いた。アレハンドロ・ホドロフスキー監督の『ホーリー・マウンテン』にはぶったまげて、でもそれもまた一つのメキシコだと知った。アルフォンソ・キュアロン監督の『天国の口、終わりの楽園。』には、生きながら流れていくことのエロティックさと儚さを知らされた。メキシコにやってきた監督、メキシコから生まれた監督。しかし、各々の作品からは、メキシコという「魔の場所」の「魔の魅力」の心得かたを重々教えられた。

それがどうだ。2006年は、ここにいたって、フェルナンド・エインビッケ監督である。メキシコシティのトラテロルコ地区のとあるアパートの一室を舞台に選んだ、日曜日の午後の密室の停電劇。ニューヨーク大停電もない、日本の第二次大戦後の昭和時代の停電でもない。21世紀、今現在のメシキコシティの白昼の出来事。変哲のない、ありきたりの4人が、こんなありきたりな孤独のホームドラマで、僕らを勇気づけ、感涙させる?! まさかである。




メキシコ万歳 『メキシコ万歳』
監督:セルゲイ・エイゼンシュテイン
ルイス・ブニュエルDVD-BOX ルイス・ブニュエル DVD-BOX 1
『幻影は市電に乗って旅をする』収録
ホーリー・マウンテン 『ホーリー・マウンテン』
監督:アレハンドロ・ホドロフスキー
エイゼンシュテインは生前に『メキシコ万歳』の完成を見なかったし、ブニュエル自身もメキシコなんぞは、絶対行くはずがないとうそぶいていた。ホドロフスキーを見て、メキシコの狂気に触れた気さえした僕としては、今回出会った『ダック・シーズン』には、なんだかやんわりと肩すかしをくらった感もなくはない。

『ダック・シーズン』に込められた発想とセンスは、もっとも出会いたかった種のものであるし、メキシコシティのトラテロルコに、こんな人々のこんな出会いがあっても何の不思議もないとは思いながらも、まさかこんな無邪気で、こうも軽妙にユーモアをたたえたセンスを、メキシコの若い作家の映画から、見せられるとはちょっと、予想外だった。

現代生活の孤独や、疎外感がこうもすっとぼけて、ウィットに富んで、ユーモラスで、共感をなげかけてくるとは。「孤独」は、たわいなく誰彼のものであり、逃れられないものであるが、ぼくらは、それをすら、良き友として、育むべきことなんだと、教えてくれるとは。

アトランテペック湖から天空に羽ばたき上がるカモの姿を描いたたった一枚の絵から、エインビッケ監督自身も、そして、この物語の4人も、それぞれに明日からの一歩一歩の歩きだし方のイメージを発見し、飛び上がったではないか。
モノクロームで、幾何学的な映像が、ジム・ジャームシュや、小津安二郎へのオマージュに充ちているということや、アレハンドロ・ロッソの音楽、ジョアン・ジルベルトの「ガチョウ(アヒル)のサンバ」を、スペイン語でカヴァーしたオープニング曲。バザーで売られていた画家オクタビオ・ランデータの湖畔のカモの飛び立ちの絵画などなど……、この作品のモチーフを際立たせ、彩るセンシティヴな感性のちりばめ方も確かに、秀逸だ。

しかし、ある一日の出来事、監督言うところの「時間の継ぎ目のない物語」を、派手なキャストやロケ撮影で演出するのではなく、アパートの一室の密室劇に完結させたその発想と構成力が、この作品の意味をしっかりと支えていたところが、すばらしい。

主人公4人に対し、深く感情移入するでもなく、過剰にいじくりまわすでもなく、かといって突き放すでもなく、それぞれの登場人物の人となりとありのままに対面し、対話して、僕らに出合わせてくれたその感受性がいいではないか。

フェルナンド・エインビッケの感受性こそは、メキシコというフィールドや映画というジャンルに留まらず、僕らの今後の音楽や映像のつくりかたに、一見小さくてささやかだが、さりげなくて貴重な指針をなげかけてくれている。

Text:あがた森魚

【あがた森魚 PROFILE】
1948年北海道・留萌市生。1972年「赤色エレジー」にてデビュー。20世紀の大衆文化を彷彿とさせる幻想的で架空感に満ちた作品世界を音楽、映画を中心に展開。函館港イルミナシオン映画祭の ディレクターを第一回より務める。2004年アルバムCD『ギネオベルデ(青いバナナ)』リリース。全国各地でライヴ展開中。
official HP:www.morioagata.com

●2006年度5月15日開校の「美学校」であがた森魚がクラスを担当しています。
途中からの参加も歓迎デス! 毎週月曜日 18:30-21:30
ART ACTクラス「GLOB WORK」(世界幻灯蓄音製造)
問・お申込:美学校へ
電話(phone:03-3262-2529)、ファクシミリ(facsimile:03-3262-6708)、メールにて受付。
HP:美学校(順次更新予定)

●2006年6月20日(火)「MARBLING night vol.6」
出演:あがた森魚(Vo., A.G., Key.)+something marbling else
Guest:駒沢裕城(pedal steel)矢野誠(Key.)
at 神楽坂・DIMENSION
open19:30 start20:00 charge adv.3000円 door.3500円 (+1drink)
問:神楽坂・DIMENSION(phone:03-3267-8785)
(地下鉄東西線神楽坂駅下車 出口1すぐ/東京都新宿区矢来町112 第2松下ビルB1F)

◆2006年7月5日(水)発売
ヴァージンVS「GOLDEN☆BEST」シリーズ企画でリリース決定!
(UPCY-6151)1,980円(税込)

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