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ひとまず乱暴に言い切ってしまえば、ドニー・ダーコは(死んだ)ウサギでありスマーフであり万聖節前夜のオバケでありゾンビでありキリストであり「It」であり、そしてグレアム・グリーンの短編小説『破壊者』のTことトレーヴァであり、そしてもちろん(!)「主人公の資格」を試されるスーパー・ヒーロー=「正義の味方」であり、それよりなにより「夭折者」であるのだ。…‥あ、いかん、今度は飛ばし過ぎた。後半について順を追って話そう。

「G・G」――ってことは彼もまたスーパー・ヒーローの資格があるワケだ――ことグレアム・グリーン(1904-1991)の短編小説『破壊者』(1954年初出)は、『ドニダコ』劇中でカレン・ポメロイ先生の授業に使われ、焚書騒動に至ったってヤツである。原題はデストロイヤーではなく「The Destructors」なので現代思想風に訳すと「脱構築者たち(デコンストラクショニストDeconsutlructinist)」ないし「Air/Love is destructive=エヴァ25話'の略」ってのはまあ冗談で、「解体屋ども」とか「壊す人たち」(by大江健三郎?)くらいの意味だな。具体的にはロンドン近郊の不良少年集団(the Wormsley Common Gang)を指す。

ノースウッド・ヒルズに、セント・ポール大聖堂を設計したサー・クリストファー・レン(1632-1723)って偉大な建築家の手になるらしい築200年以上の家が、ロンドン空襲でもぎりぎり爆撃されずに残ってて、そのすぐ横は空き地になってる(つまりすぐ横まで空襲の被害にあったってことだ)。駐車場スペースになってるそこが、近所のティーンの悪ガキども、自称「ワームズリー原一家」の溜まり場で、でも名前の出てくるのはリーダー格のブラッキー、9歳のマイク、あとサマーズの三人だけなんで、「一家」ってほどの大所帯でもない。そこにTことトレーヴァ(Trevorなので<ムーンライティング>のDDことトレヴァーTraverとはちょい綴りが違う)って15歳の新参者が夏休み初日に現れる。彼はちょっと変わってて、今は「落ちぶれて」事務員してるらしい父親が元建築家だったせいか、そのレンの建てた家に興味を抱くワケだ。螺旋階段やモザイク張りの床のある「美しい家」だ、と下見をした彼は、主の「貧乏じいさん」が2日間留守にすると聞いた8月のある日、皆をそそのかして、その家を「破壊」することにする。その理由は?――ってのが『ドニダコ』の授業風景シーンでやってた話。廃屋に放火した前科のあるドニーは、「破壊は創造で、お金を盗らずに燃やしたのは皮肉で、つまり破壊された世界を見たかったから」云々と的確に答える。ポメロイ先生いわく「13ページもある」(筑摩書房『新・ちくま文学の森4/悪の物語』所収の邦訳では30P)この短編は、念入りな「解体作業」描写の末に、図らずもトドメの一撃を加えることになったトラックの運ちゃんの笑いで、幕切れとなるのだった。

だからTことトレーヴァってのは「ヒト以外」=擬人化ウサギでもスマーフでもオバケでもゾンビでもキリストでもITでもなくって、「ヒト」なので分けて書いたけど、「悪童」ってのも社会化されていない「ヒト以前」なのかもしれないし、「悪戯されるかお菓子くれるか」って迫るハロウィーンのオバケより厄介な存在なので、「人獣」の類いとして並べるのは間違っていないだろう。あ、キリストも「ヒト」か? いやたぶんキリスト教徒は「ヒトじゃない神の子だ」とか「神人(ニ性一人格)だ」とか言わなければならないし(「父と子と精霊」って三位一体説だと「父」は神で「子」がキリストで「精霊」がそれ以外の「ヒト」じゃない聖なるもので、その三つは一体らしいし)、再臨するのでゾンビ(というかホラー映画でのゾンビ)と同じ属性を持っている=生き返った死者でもあるし、奇蹟を起こす聖人なので、やっぱりただの「ヒト」じゃないのだろう。もっとも正統なキリスト教では動物は差別されてるので「人獣」と一緒くたにされるのは不本意だろうけどさ。

あ、ちなみにハロウィーン(Halloween)って本来は10月31日の夜、つまり11月1日=「諸聖人祭(万聖節)All Saints Day(Hallowmas, All Hallowmas)」の前夜(Eve)のことだ。10月31日の「宵祭り」に、死んだ聖人やらそうでない死者やらがこの世に帰ってくるワケだ。別名「死者の祭り」なので、日本のお盆と節分などと同じと思っていい。「鬼は外〜!」って豆をぶつける代わりに、お菓子をあげて悪い死者(オバケ)には帰ってもらうのが「Tricks or treats」って決まり文句なのだ。映画の最初に「HALLOW'S EVE/MIDDLESEX HALLOWEEN CARNIVAL/OCT.26th-30th」って看板が映るけど、この映画の1988年は31日が月曜日なので、前倒しでカーニバルがあったり、29日(土)の夜にドニーの家でハロウィーン・パーティーが開催されたりしているのだろう。

ちなみに同じようにハロウィーンの季節を舞台にした映画『E.T.』では、オバケの代わりにE.T.が来て、M&Mチョコってお菓子を拾ったりする。G・グリーン『破壊者』では季節外れながら悪ガキ共はスマーティーのチョコをもらったりしていたにも関わらず、ひどい「悪戯」をすることになる。『ドニダコ』ではひとまずオバケはもちろん「破壊者」ドニーなのだが、そのドニーの前に、物理的にはオバケウサギ「F」が現れ、精神的には「G」が現れ(これは劇中では表現されていない)、ドニーに「悪戯Tricks」し、ドニーに「歓待Treats」されることになる…‥。


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