おフランス発というだけで必然的にそうくくられてしまう宿命を持つ《フランス映画》。それがコメディーであってもサスペンスであっても、なぜかいつだって《フランス映画》は《フランス映画》。そんなフランス映画って一体何なのでしょう?
より好みの激しい映画だから、ダメな人には“観る前から何だかブルーなもの”だったりする。けれど実はこの《フランス映画》、今まで敬遠していた人でも一度足を踏み入れてしまったら抜け出せなくなる、奥の深い魅惑の世界なのかもしれません。そんな《フランス映画》の扉をちょっとだけ開いてみましょう。

私たちがフランス映画という時、そこにはいつも、“日本映画”とか“イギリス映画”とか呼ぶ時とは違う温度の《フランス映画》という固有名詞的ニュアンスが流れていて、それは既に意識的なものではなく、《フランス映画》と口にし耳に聞くだけで、その音によって掻き立てられる意識下の「何か」。その「何か」、“じゃあ「何か」って何?”ということになると、定義することがまた困難で、なんだか曖昧なのだけれど、とにかく浅いものではない「ある存在感」みたいなもの。

観る人それぞれに、《フランス映画》はお洒落だったり、小難しかったり、アンニュイだったり、最悪の場合訳の判らないものだったりするけれど、好き嫌いを別にして、そこには何かしら、フランス人たちが「第7番目の芸術」と呼ぶにふさわしい高尚なものに対するリスペクトがある。ハリウッド映画などに比べると難解で、その受け取られ方の多様性はかぎりなく「私小説」的…。

そんな《フランス映画》に対する小難しいイメージを、“ニーチェの国の人がやることだから”と理解することもできるのでしょうが(確かにあのデリケートな感じは、フレンチエスプリを象徴していますね。)、勿論、フランス語の響きとか彼らの持つ感性がベースにあることを前提とするにしても、それ以外に、フランス映画が50年代以前とは明らかに違う、今の《フランス映画》スタイルを確立するに至った映画史上の経緯があったことをご存知でしょうか?

かつて商業娯楽としてアメリカ並の華々しい大スペクタクルを撮り続けていたフレンチシネマ界に、「ポータブルカメラを持ってパリの街を走り回る若者たち」が出現。1950年代のこと。それが後にヌーヴェルヴァーグの監督と呼ばれるようになる、新しい波=ヌーヴェルヴァーグをおこした異端児たち、若き日のゴダール、トリュフォー、ロメールでした。そして現在私たちが《フランス映画》と認識しているスタイルの基盤となるのが、この【ヌーヴェルヴァーグ】なのです。

そこで、このなんとなくわかっているようでわかっていないかもしれない【ヌーヴェルヴァーグ】について簡単に解釈を加えると…
【ヌーヴェルヴァーグとは、その職業的出身と製作のモチベーションを共にする映画人たちの起こしたムーブメント】のこと。
映画通の多い日本にあって、ゴダールやトリュフォー、リヴェット、ロメール、シャブロルその他いろんな名前が容易に挙げられるでしょうが、その一人一人の作風を思い返してみて、“彼らの共通点は何だろう?”と考えた時、果たしてそう簡単に答えは出てきませんよね。当然です。なぜなら【ヌーヴェルヴァーグ】は、例えば絵画の世界でいうところの【印象派】とか【キュビスム】といったジャンル分けには相当しない、写実画もあれば抽象画もあり、要はスタイルを持つという姿勢さえ同じくすれば仲間と見なされる人々の集まりだったからです。

【ヌーヴェルヴァーグ】の監督たちは、それまで業界の常識だったような撮影現場で下働きを積んだ苦労人ではなく、むしろ製作サイドの敵ともいえる映画評論家出身。当時のフランス映画を好き勝手に酷評していた映画狂の若者たちが、じっとしていられなくなった結果自ら映画作家となり、さらにはメガホンまでとってしまった、“シネマニアのクーデター”というところでしょうか。
「これからの映画はよりパーソナルな、教訓的な、日常的なものになる。」と論評に予見していたことを有言実行したのが【ヌーヴェルヴァーグ】の興り、そしてそれが今の《フランス映画》の源泉となったのです。
トリュフォー、ゴダール(仲が悪いことで有名なこの二人、この頃はまだ決裂していなかったのです。)らの共同制作オムニバス『水のはなし』が【ヌーヴェルヴァーグ】を幕開けした作品のひとつといわれています。

そもそも【ヌーヴェルヴァーグ】はインディーズみたいなものだったのですから、当時にしてゴダールとトリュフォーの映画が世界的にヒットしたこと自体、賞賛に値すべきことなのでしょうが、それにしても【ヌーヴェルヴァーグ】の思想がワールドワイドにこれだけ大きな影響を与えたにしては、ゴダールやトリュフォー以外の監督についてあまりにも語られていないなぁ…と感じてしまうのです。ここで少しでもフランス映画、ヌーヴェルヴァーグが気になってきたら、リヴェットやロメールなんかにも手を延ばして、実際に“ヌーヴェルヴァーグはこんなもの”と感じてみてください。【ヌーヴェルヴァーグ】がなんとなくわかって、これなら入りやすいのではという作品を挙げてみました。

ジャック・リヴェット『パリでかくれんぼ』
リヴェットの不思議ワールドは健在ながら、これぞパリジェンヌ!的なかわいい3人の女の子が繰り広げるミュージカル仕立てのキュートなドラマ。→More Info

エリック・ロメール『パリのランデブー』
パリとパリジャンの恋愛観が垣間見られる。きっとパリに行きたくなります…。→More Info

ルイ・マル『地下鉄のサジ』
シュールレアリズム文学のレーモン・クノーの小説を映画化。おかっぱ頭に真っ赤なセーターの女の子のポスターを観たことはありませんか?あの映画です。パリのおじさんの所へやってきたザジがかわいくてハチャメチャナな天真爛漫コメディー…本当はそれだけの映画ではないのですが、まずはザジの魅力を堪能してください。→More Info

アニエス・ヴァルダ『5時から7時までのクレオ』
今日の7時には、自分が癌なのかどうかわかる。それまでの時間、クレオは恐怖に押しつぶされそうになりながらパリの街をさまよう。作中劇にゴダール&アンナ・カリーナカップルが登場。音楽はミッシェル・ルグラン。→More Info

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