Beginners

A Film by Mike Mills

そのマイク・ミルズ監督について、クリエイティブジャーナル誌「Quotation」の編集長、蜂賀亨さんにコラムを書いてもらった。日本のデザイン誌の世界にある種のショックを与えた「+81」を創刊した人物であり、マイク・ミルズの作品集の編集などにも携わっている。きっと、彼の仕事によってマイク・ミルズを知った人も多いだろう。

text by Toru Hachiga

映画のストーリーや俳優については他の誰かが書いてくれると思うので、ここではマイク・ミルズの作品について少し話をしようと思う。

いまから8年くらい前、当時世界で活躍しているグラフィックデザイナーの作品集シリーズ「GASBOOK」を編集していた私の元に、シリーズ最新刊「GASBOOK11 MIKE MILLS」に収録するための作品と、作品集のためのポートレート写真が2枚届けられた。1枚はテーブルを前に立っているマイク・ミルズ、そしてもう1枚は同じカットで人が誰もいなくて一匹の犬だけがテーブルに座っている写真。『人生はビギナーズ』を試写室で見ながら、私はTodd Coleが撮影したその写真を思い出した。マイク・ミルズの実話を元にした映画だから、1966年生まれのマイク・ミルズはこの写真が撮影された頃(作品集が発行された頃)、ちょうどユアン・マクレガーが演じるオリヴァーと同じくらいの年齢になる(映画の設定上では38歳)。スーツ姿のマイク・ミルズもお洒落だが、このニットキャップにジーンズ、赤いTシャツの上にミリタリージャケット、あご髭を生やしたマイクも、人間味が溢れていてとてもいい写真だ。

マイク・ミルズの作品の特徴は、この写真のマイクのように、どれもが人間味に溢れていることだ。Sonic Youth、Beastie Boysなどのスリーブデザイン、Marc Jacobs, Supremeなどのコマーシャルワーク、Air, Yoko onoなどのミュージックビデオ、Gap, NikeなどのTVCM、数々のファッショナブルなクライアントの仕事を手掛け、90年代の西海岸におけるユースカルチャーを代表するアーティストとして、ファッショナブルなイメージを強く感じてしまうマイク・ミルズだが、作品そのものはけっしてクールでもスタイリッシュでも、ファッショナブルなだけでもない。手描きのタイポグラフィやヘタウマのようなイラスト、そして、くすりと笑わせてくれるユーモアなど、肩肘はることなく、どれもが人間味を感じさせてくれる作品ばかりだ。

グラフィックデザイナー、アーティスト、映像ディレクター、そして映画監督。カテゴリーこそ違っていても、マイク・ミルズの作品はどれも人間味で溢れている。彼の長編映画第1作『サム・サッカー』も、そして今作『人生はビギナーズ』ももちろん例外ではない。人間だからこそ、悩み、喜び、悲しみ、笑い、愛し、そして生きていく。そういった意味で、グラフィックデザインやプロモーションビデオでは伝えきれないストーリーを表現するメディアとして、マイク・ミルズが映画を選び、映画監督になったのは、当然なのかもしれない。

もちろん、グラフィックデザインやミュージックビデオを手掛けてきたマイクらしさは『人生はビギナーズ』にも見ることができる。映画のなかに出てくるスケッチやイラストはもちろんマイク本人によるものだし(部分的にユアン・マクレガーが手を加えているところもあるようだ)、オリヴァーのスタジオの黄色の壁(マイク・ミルズ本人がペイントしたらしい)は映画のなかでとても印象的な色となっている。また、ニューヨークのブランドBAND OF OUTSIDERSのScott Sternbergがこの映画に衣装を提供しているらしいが、マーク・フォースター監督映画『stay』でトム・ブラウンをファッショナブルに着こなしていたユアン・マクレガーが、この映画ではシンプルなセータやボタンダウンを着ているのがとてもいい感じだ。あと、この映画のもう一人(一匹?)の役者といってもいいジャックラッセル・テリア、アーサー(コスモ)が字幕で会話をするアイデア(しかも彼が理解できる言葉は150文字以内なのがとてもいまっぽい)は映画のなかで一瞬の笑いを与えてもくれる。

また、マイク・ミルズの作品に興味がある人は、上記の「GASBOOK」以外にも 「Humans」 Nieves「Fireworks」(Nieves)「Mike Mills: Graphics/Films」(Damiani)「Drawings From the Film Beginners」(Damiani)などの作品集があるので、おすすめします。

※このページで使用している本の写真はUNZIP編集者の私物。


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