『サンキュー、ボーイズ』:ドリュー・バリモア

「求めよ。さらば与えられん」などと言えば、「カッコわる〜い」と笑われてしまいそうだが、でもこの映画のヒロインはずっと夢を持ち続けて、ついにはそれを実現させた女性。それも実在の女性なのだ。

ドリュー・バリモアが演じるビバリー・ドノフリオの夢は作家になること。誰もが認める彼女の文才はしかし、男の子にフラれたことでえらく遠回りをすることになる。そして映画が描くのはその紆余曲折の道のりである。

15歳のビバリーはどこにでもいるティーンエイジャー。自分の容姿を気にかけ、パーティや男の子への興味はつきない。恋する気持を得意の詩に託して相手に伝えたのだが、これが見事にフラれてしまう。で、別の男の子とつき合い始めたビバリーは妊娠。けれど田舎町に加えて、父は警察官。中絶なんてもってのほか。15歳で未婚の母になることも許されない。となるとビバリーのとるべき方法はただひとつ。そう、彼女は学校を中退して、お腹の子の父親と結婚して、出産。夢とは大きく離れた生活をするハメになったビバリーだったが、彼女は決して諦めません。夫となった男の不行状、育児を含めた生活苦etc、etc。いわばこうしたシチュエイションで予測できる困難が、予測どおりにビバリーにおとずれる。

これはいわば親の七光りや優位に立てるキャリアのない普通の女の子が、困難を克服してするサクセス物語。最近では去年のアカデミー賞でジュリア・ロバーツが主演女優賞を受賞した『エリン・ブロコビッチ』も、お金、学歴、資格、キャリアなど、およそ成功に必要なものを何ひとつ持ちあわせてない女性の成功物語だった。思えばやはり実在の女性エリン・ブロコビッチとビバリー・ドノフリオとはキャリア・ウーマンではないという点が共通している。日本とアメリカでは女性を取り巻く環境や事情はかなり違うけれど、世の中には彼女たちのような、いわゆるキャリア・ウーマンでない普通の女性の方が圧倒的多いことは同じである。バリバリのキャリアたちによるヘゲモニズムの対極にある『サンキュー、ボーイズ』のビバリーには、だから結構元気づけられる。



【ここがポイント】
「間違った」と気がついたら別の道へ一歩を踏み出すのも勇気なら、ビバリーのように諦めないで夢を持ち続けるのも勇気。彼女はいわゆる「できちゃった結婚」。それも軽い気持で付きあっている相手と、はずみでできちゃったようなもの。だからその相手との結婚は成り行きだし、学校を中退したのは不本意もいいところ。

いざ結婚生活がスタートしてみれば夫になったレイという男(スティーヴ・ザーン)が、とんでもないロクデナシ。昼間から酒は飲むわ、仕事はだらしないわで、とどのつまりはドラッグ。早い話が亭主失格、父親の自覚ゼロ。ラブラブ気分の新婚生活なんて、それこそ夢のまた夢。たいした考えもなく、生活力もないままに15歳で男の子の母になったビバリーは、若気の至りの典型といったところなのだ。でもそれからのビバリーはえらかった。作家への道のりはかなり遠く、しかも困難になったけれど、夢は捨てなかった。大学の授業料の足しにするために働いて貯金をして、高校の卒業資格や大学の奨学金を得るとめに猛勉強をする。

それに離婚を決意した勇気にも拍手を贈りたい。夫はなにしろ、彼女が働いて貯金していた進学資金でヘロインを買ったのだから。学歴も資格もない女がシングルマザーになる不安は大変なものに違いない。それだけにダメな夫に見切りをつけた彼女の潔い決断は立派というほかはない。こうして作家ビバリー・ドノフリオが誕生したわけ。

ただ映画に不満がないわけではない。というのはここまで書いたビバリーの決断が物語のほとんどを占めている。あとはプロローグとエピローグといった扱いで、初めての著書が出版されるビバリーの嬉しさを物語る程度。つまりテーマの説明に終わってしまったような印象なのだ。離婚の決断して後の彼女を物語をメインにして欲しかったのに……。そしたらやはりシングルマザーから作家になった女性と息子を描いた、『ガープの世界』と双璧をなしただろうに。ペニー・マーシャルは大好きな監督なだけに、いささかの欲求不満が残ったのは残念。ともあれ不透明で不安がいっぱいの今日に、何が大切なのかをビバリーに教わった気がする。



【ビバリー・ドノフリオ×ドリュー・バリモア】
ドリュー・バリモアの祖父は20世紀初頭から活躍した映画俳優の草分け的な存在のライオネル・バリモア。その妹がやはり草分け的女優のエセル・バリモア。さらにその弟も俳優のジョン・バリモア。父も母も、母方の一族も俳優。1975年2月22日生まれのドリュー・バリモアは、アメリカの名門俳優一族の3代目である。

そんな家系に生まれたドリューは生後11ヶ月でドッグ・フードのCMに起用され、3歳でテレビドラマに出演している。4歳の時に『アルタード・ステーツ』で、ウィリアム・ハートの娘を演じて映画デビュー。だが一躍有名になったのはその2年後の『E.T.』。といってもまだ年端も行かない6歳だった。だから? 女優ドリュー・バリモアは、彼女自身のまだ三十路にも満たないこれまでの人生が、映画のヒロインになるくらいにドラマチックである。『E.T.』で人気が沸騰するや彼女の主演で映画が作られたりするが、そのプレッシャーからか、私生活では9歳で飲酒、10歳でマリファナ、12歳でコカイン、14歳でナイフによる自殺未遂。真っ当な人が一生かかっても体験しないことを、少女期にやってしまったのだ。ドリュー・バリモアも「子役は大成しない」という、ハリウッドの定説に身を沈めてしまうのか……。と、思いきや、94年、『バッド・ガールズ』で復活!? この年にはジェレミー・トーマスと結婚し、29日後に離婚ということもあったが、その後は自分の製作会社フラワー・フィルムを設立して、製作にも情熱を注いでいる。『サンキュー、ボーイズ』のビバリー・ドノフリオは名門の家系でこそないが、どこかドリュー・バリモアの私生活と重なる。「どんな代償を払っても、この役をやりたいと思った」と言う彼女。ドリュー自身がビバリーの中に、自分を見ていたのかもしれない。

テキスト:きさらぎ尚


『サンキュー、ボーイズ』
2002年4月20日より公開

監督:ペニー・マーシャル/出演:ドリュー・バリモア、スティーブ・ザーンほか/2001年アメリカ映画/配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント/原題:RIDING IN CARS WITH BOYS



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