『8人の女たち』:ファニー・アルダン

カトリーヌ・ドヌーヴ、ファニー・アルダン、エマニュエル・ベアール、イザベル・ユペール、ヴィルジニー・ルドワイヤン、リュディヴィーヌ・サニエ、ダニエル・ダリュー、フィルミーヌ・リシャール。どうです? この顔ぶれ。ベテランから若手まで、一人だけでも存分な存在感を放つフランス女優がずら〜り、八人も勢揃いしたこの映画。仰天というか、天晴れというか。ともかくキャスティングにまず圧倒されてしまうのだ。

そして肝心なのは中身だが、これがキャスティングに負けてはいない。結論をひと言で言えば、ミステリーの面白さとミュージカルの楽しさが一度に満喫できるのだ。

1950年代のフランス。雪に閉ざされたある邸宅のクリスマス・イブ。イギリスに留学中のこの家の長女スゾン(ヴィルジニー・ルドワイヤン)も到着して、家族の間にはもうお祝い気分が満ちている。そんな一年中でいちばん幸せなこの時に、この家の主人マルセルが殺されたのだ。寝室に朝食を運んだメイドのルイーズ(エマニュエル・ベアール)が、背中にナイフを刺されて倒れているマルセルを発見したのだが、映画はこの殺人事件の犯人探しというわけ。

容疑者は八人の女たち。雪に足跡はなく、屋内の電話線は切断されているので、少なくとも外部から侵入したとは考えられない。となると犯人は邸内にいる? こうして八人の女たちは疑心暗鬼になり、互いを詮索しはじめた。マルセルの妻ギャビー(カトリーヌ・ドヌーヴ)は夫のビジネス・パートナーと浮気をしているらしい。ギャビーの母マミーは(ダニエル・ダリュー)は相当の株券を持っていて強欲。ギャビーの妹オーギュスティーヌ(イザベル・ユペール)は、殺された義兄に恋をしていた。メイドのルイーズはマルセルを誘惑していた。マルセルの妹で元キャバレーのダンサーだったピレット(ファニー・アルダン)は、金銭トラブルを抱えているらしい。こんな具合に、二人の娘スゾンとカトリーヌ、家政婦のシャネルも、女たちの事情や思惑や秘密があり、それらが歌と踊りをとりまぜながら明らか(仰天ものの告白、およびシーンあり)にされていく。結果、犯人は誰? というところに着地するが、それは見てのお楽しみ。

というわけで、この映画には見どころがいっぱいある。年配の映画ファンには『シェルブール雨傘』(64年)以来の? カトリーヌ・ドヌーヴのミュージカルが見られる。ツウを自認する映画ファンには往年の映画監督とその作品に捧げられたオマージュを楽しむことができる。『アメリ』世代の可愛い系映画のファンはスクリーンのファッション、非日常的なインテリアや色彩が参考になる。ミステリー・ファンには密室劇特有の推理が味わえる。いま最も注目の眼差しが注がれている監督フランソワ・オゾンによるフランス映画の殺人劇ミュージカルは、アミューズメント・パーク的なアメリカのミュージカル映画とは一味ちがった、個々人の人間臭さが楽しいのだ。


【ここがポイント】
なにしろ8回分のコラムが書けそうな八人の女優たちである。誰かを一人ピックアップするなんてバチ当りではあるが、最近とくに貫録を増したファニー・アルダンを今回は見てみたい。カトリーヌ・ドヌーヴをフランス女優の大姐御とするなら、最近のアルダンはマンバー2の雰囲気がある。加えて、殺されたマルセルの妹という血縁関係はさておいて、キャバレーの元ダンサーという人物設定なのだから当然かもしれないが、八人の中では身のこなしがいちばんこのミュージカル映画にしっくり馴染んでいる。コスチュームは『裸足の伯爵夫人』(54年)のエヴァ・ガードナーをイメージしたという。ガードナーはキャバレーのダンサーから伯爵夫人になったマリアを演じたのだが、この時につけていたイヤリングと同じものを作ってアルダンは着けたのだそうだ。

そして決定的なのはアルダンのミュージカル・ナンバー。「愛のすべて」を歌う場面で真価を発揮している。胸のラインを大きくカットした真っ赤なドレスのピレットが黒い手袋を物憂げに脱ぎ捨てる。これはミュージカル映画ファンにはお馴染みの、『ギルダ』(46 年)でのリタ・ヘイワースのミュージカル・シーン。なんとこの振り付けをそっくり再現したのだとか。パッと見た限りでは、歌や踊りが得意とは思えないファニー・アルダンはどうして、どうして。往年のハリウッド女優をイメージさせる華やかさで、他の七人の競演者たちにちょっぴり差をつけているのだ。


【ピレット×ファニー・アルダン】
1949年生まれのファニー・アルダンは、映画界で純粋培養された生粋の女優とはどこか違う雰囲気を持っている。もっともロンドンのフランス大使館に勤務して外交業務に携わっていたのだから、違って当たり前なのだ。彼女からはスクリーンという、切り取られた四角い空間に収まりきれない大きさが、どんな役柄を演じている時にも常に感じられる。

ところでアルダンの女優としてもキャリアを語る時、フランソワ・トリュフォーとの関係を避けることはできない。ジャンヌ・モローやカトリーヌ・ドヌーヴ等々を世に送り出したことでつとに有名な監督だが、アルダンのその最後の女優(82年にトリュフォーとの間に遺児を出産)。トリュフォー監督の『隣の女』(81年)が出世作である。この映画でアルダンが演じたのは夫と元彼の間で揺れる女。夫の出張中に誘った元彼にきっぱりとのたまう。「夫の留守中に浮気をするのはフェアじゃない」と。なんて格好のいい女性だろう! 浮気の哲学というのは大袈裟だが、少なくとも美学はもっている。なにを隠そう、このセリフ以来、ファニー・アルダンのファンになってしまった。

そしてトリュフォー亡き後(84年10月21日死去)、とりわけ最近のファニー・アルダンは『リディキュール』(95年)では宮廷社会を牛耳り、『エリザベス』(98年)では暗殺されるスコットランド女王メアリーを、『星ふる夜のリストランテ』(00年)ではレストランを切り盛りするヒロインを、大人の女性ならではの知性とエレガンスで演じる。今回のピレットのアルダンも大輪の花のように大きくあでやかだ。で、気がついたのだが、赤が似合う女優である。『星降る夜のリストランテ』では、レストランの毎日の開店準備の仕上げは真っ赤なハイヒールに履き替えてお客を迎えることだった。ピレットのドレスは燃えるような赤。色に負けず、色に引き立てられる豊かな人間性があるのだ、ファニー・アルダンには。

テキスト:きさらぎ尚(Movie Egg


『8人の女たち』
2002年11月23日より渋谷シネマライズ・銀座テアトルシネマほか全国順次公開
→特集『8人の女たち』
→公式サイト
監督・脚本:フランソワ・オゾン/出演:カトリーヌ・ドヌーヴ、ファニー・アルダン、エマニュエル・ベアール、イザベル・ユベール、ヴィルジニー・ルドワイヤン、リュディヴィーヌ・サニエ、ダニエル・ダリュー、フィルミーヌ・リシャール/2002年/フランス映画/1時間51分/配給:ギャガコミュニケーションズ/原題:8 femmes


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