『MUSA』×チャン・ツィイー

ちょっとした時代劇ブームが起った02年から03年にかけての日本の映画界。そんな日本に、韓国映画界から壮大痛快な歴史スペクタクル『MUSA』がやってくる。

元王朝と明王朝の間で渾沌とする激動期の、中国は1375年。そのあおりで外交官、兵士、奴婢からなる高麗王朝の使節団はスパイ容疑をかけられ、遠方の地に流刑となった。使節団の一行が流刑地に向かう途中、元の軍に襲撃され、護送していた明の軍隊は全滅。そのために高麗の使節団だけで、元と戦うことになってしまったのだ。使節団の思いは唯一つ。「高麗へ帰らなければ!」。こうして命を懸けた高麗への旅が始まったのだが、明の王女プヨン(チャン・ツィイー)に出会ったことによって、一行はさらなる困難の種を抱え込んでしまったのだ。団長の近衛兵チェ・ジョン将軍(チュ・ジンモ)、奴婢にして槍の達人ヨソル(チョン・ウソン)、高麗弓の達人チン・リプ(アン・ソンギ)を中心に、苦難に立ち向かう……。

これがストリーリーのあらましだが、この映画には“面白さの素”がギッシリ!! 日常ではすっかり見かけなくなった強くて逞しいヒーローらしいヒーローがいる。美しい姫もいる。役者は揃っているわけで、そこには人間ドラマがあり、痛快なアクションがあり、そしてほのかな恋もある。そう、かつて映画の黄金期の一翼を支えていた時代劇の魅力を、この『MUSA』は思いださせてくれる。あるいは実感させてくれるのだ。このところとみに元気はつらつな韓国映画の底力が見えてくる。そしてなによりも韓国のベテラン俳優アン・ソンギはドラマの引き締め役をきっちりこなし、若手のチョン・ウソンとチュ・ジンモはカッコいい! 久しぶりに見るヒーローらしいヒーローである。


【ここがポイント】

さて、ヒーローらしいヒーローが活躍する映画には、いかにもといったヒロインが不可欠だ。そこでチャン・ツィイーが演じている明の王女プヨン。彼女はハッキリ言って迷惑な姫である。かつて『ローマの休日』(53年)で、オードリー・ヘプバーン扮する王女がホテルを抜け出して、しばし自由を満喫し、新聞記者と恋もしたが、この映画のプヨンは気まぐれに城を出たことで、それこそ生死を賭けた戦いに高麗の一行を巻き込むことになる。とはいえ姫が市井の、というか一般人と同じような常識人ではつまらない。一般人のそれを超越して、なおかつしゃあしゃあとした態度が堂に入っていなければ、隣のおねえさんと同じだもの。まさにこれがポイントで、プヨンは高麗の使節団の一行を振り回してくれるのだ。


気まぐれで町に出た明の王女プヨンは元の騎兵隊に誘拐され、高麗に帰る使節団に出くわす。プヨンの救出を賭けた元の騎兵隊と高麗の使節団の戦いは、使節団に多くの犠牲者を出し、両軍に多くの血も流すのだ。なのにプヨン姫は「死ぬかと思ったわ!」とヨソルに平手打ちをお見舞いする始末。もっともパンチを喰らったヨソルも黙ってはいない。「勝手ばかり通ると思うなよ」と、やり返す。そして最後には「王宮から出て自由を味わってみたかった。それがこんな結果に……」と、自分の気まぐれが招いた犠牲を受け止め、かつ悔いる。

この映画の場合、ヒロインのプヨンは戦う男たちの、一歩後にいる存在だ。ではドラマの単なる“お飾り”かといえば、そうではない。男たちがドラマを盛り上げ、プヨンは生と死というテーマを支え、ドラマを自在に動かす役目を果たすという、いわば役割分担をきちんとこなしている。その面では昔ながらの伝統的な形状の物語だが、この形状を踏まえないでやたら新しい技術処理(仕掛け)をウリにする映画が量産される今日にあって、ヒロインの見せ方にある種の風格さえ感じるのだ。


【プヨン王女×チャン・ツィイー】

1979年2月9日、中国の北京に生まれたチャン・ツィイー。11歳の時に北京舞踏大学附属中学に合格し、さらに全国青年ダンス・コンテストで優勝している。北京中央演劇学院で演劇を勉強し、19歳の時にチャン・イーモウ監督の『初恋のきた道』(99年)のヒロインに抜擢され、華々しい女優デビューをした。御存知、チャン・イーモウ監督は“賞獲り男”の異名をとっている。撮影を担当した『黄色い大地』(84年)、撮影・出演の『古井戸』(86年)。監督に転じては『紅いコーリャン』(87年)、『菊豆』(90年)、『紅夢』(91年)、『秋菊の物語』(92年)、『活きる』(94年)、『初恋のきた道』等、作る映画がことごとく世界の映画祭で受賞しているのが、そのいわれである。

そして受賞に大きく貢献したのは、コン・リーに代表される女優発掘の上手さと、ヒロインの魅力と見て差し支えない。そのコン・リーに続いてチャン・イーモウに見出されたのが、誰あろうチャン・ツィイー。運も実力のうちとは言うけれど、『初恋のきた道』で見せたあのピュアな笑顔、邪気のない瞳の輝き。初恋から結婚に至り、そして妻となって夫と共に生きた40年間を描いたこのラブ・ロマンスの成功は、まさにチャン・ツィイーの抜擢に尽きる。

この映画を見た世界中の監督は、チャン・イーモウに「チャン・ツィイーを紹介して欲しい」と頼まれたそうだが、まずは台湾のアン・リー監督のアクション大作『グリーン・デスティニー』。チャン・ツィイーはヒロインのチェンを演じ世界中でヒットしたことは記憶に新しい。

そしてさらに『MUSA』のキム・ソンス監督もその中の一人。高麗王朝末期の実話を基に、チャン・ツィイーは彼らに出遭った明の王女プヨンを堂々と演じる。『初恋のきた道』のピュアな美しさと、『グリーン・デスティニー』の活発とを兼備したチャン・ツィイーのプヨンである。この間、『ラッシュアワー2』(01)でハリウッド映画にも出演して、その活躍は目覚ましい。でもこれからが本当の実力の見せどころ。なぜってこれまでの活躍は『初恋のきた道』のオマケみたいなものだから。もちろん強運を凌駕する魅力がチャン・ツィイーにはあると確信している。

テキスト:きさらぎ尚(Movie Egg

『MUSA』
2003年12月13日よりシネマスクエアとうきゅう他にて全国順次ロードショー
監督:キム・ソンス
主演:チョン・ウソン、チュ・ジンモ、チャン・ツィイー他
(2001年/韓国/133分/ギャガ・ヒューマックス共同配給)
→公式サイト


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