『イン・アメリカ/三つの小さな願いごと』×サマンサ・モートン

これはカナダを経由してニューヨークに移住した夫婦と幼い娘二人の、アイルランド人家族の物語。NYを舞台にした移民の話といえばサクセス・ストーリーか、もしくはその逆がほとんどだが、この映画はそのどちらでもない。他国の人間がNYという大都市で生活する意味を、深層から見つめたドラマ。そしてこの映画が監督ジム・シェリダンと彼の家族の体験に基づいていて、かつ成長した劇中の幼い娘二人が共同脚本として参加しているこが興味深い。
(C)2003 TWENTIETH CENTURY FOX

世界中から夢や野心を抱いて人々がやって来るニューヨーク。ジョニー(パディ・コンシダイン)とサラ(サマンサ・モートン)の夫婦に10歳の娘クリスティ(サラ・ボルジャー)と妹のアリエル(エマ・ボルジャー) の一家4人の場合はしかし、人々とは違っていた。夫婦に達成すべき夢や、ましてや一旗揚げて故郷に錦を飾ろうなどという目論みはない。むしろその逆。旅行と偽ってNYに来たのは過去を葬り、新しい人生を始めるため。夫婦は2歳になる長男を亡くし、その悲しみから逃れられずにいたのだった。

一家が落ち着いたのはマンハッタンの貧民地区にある、廃墟という形容がぴったりのアパート。建物がガタピシなら、住人もまた奇っ怪。叫ぶ男こと、アーティストのマテオ(ジャイモン・フンスー)に麻薬常習者らの面々だ。新しい土地のオンボロ・アパートでスタートした貧乏暮らし。ジョニーは舞台のオーディションを受けまくるオーディション・ジプシー。サラはアイスクリーム屋で働き始めた。ハロウィンがきっかけになって二人の娘は、マテオと親しくなり、やがては一家で付きあうようになるが、このマテオこそがドラマの鍵を握る人物。彼はおとぎ話のシャーマンよろしく、子供を亡くして以後は神を信じなくなっている一家を幸せな方向に導くのだ。
癒し難い過去に加えて、住まいのこと、仕事の問題等々のどん底生活で苦労の連続。しかしクリスティとアリエルにとってはマンハッタンもアパートも、見るもの聞くもの魔法のよう。その出来事をビデオカメラで記録するクリスティである。

映画は大人のハードな現実を、無邪気な子供の目と心を通してユーモラスに、時にファンタジックに見せる。それにしても『マイ・レフトフット』『父の祈り』といった魂と共鳴する名作の監督、ジム・シェリダンがこんな経験を秘めていたなんて__。そして『E.T.』にオマージュを捧げつつ、こんなオリジナルな寓話を創ることができたなんて、やはり人の持てる才能って素晴らしい!


【ここがポイント】

「子供と動物には勝てない」。これは子役、あるいは動物にドラマをさらわれてしまった主演俳優の、ボヤキの定番。『イン・アメリカ/三つの小さな願いごと』でも子役、つまりクリスティとアリエルが大活躍する。愛らしく、いたいけない姉妹が大人の事象を浄化し、それでいて現実をしっかりと踏まえた、まるで魔法のようなファンタジーに昇華させる。子役が良い映画は本当に感度できる。こう思うことしきりである。

けれどこの映画に関しては、冒頭のような大人の俳優たちのボヤキは皆無だろう。というのはここが映画のポイントでもあるのだが、クリスティとアリエルの周辺人物、つまり両親のジョニーとサラ、アパートの住人マテオらの、誰が欠けてもドラマが成立しえないのだ。オーディション・ジプシーのジョニーはなかなか役がつかないなかで、ニューヨーク特有の熱気と湿気が猛烈な夏がくれば、壊れたエアコンを手に入れ、空きビンを換金してプラグを調達する。家族と『E.T.』を見に行くし、遊園地にだって行き、娘のために景品の『E.T.』人形を取りたい一心で有り金全部をゲームに注ぎ込んだりもする。エイズに冒されているマテオは、良くも悪くもアメリカをシンボライズするように、[新参者=エイリアン=E.T.]の主人公一家を、とりわけクリスティとマリエル姉妹との交流を通してマンハッタンに受け入れる扉を開ける役目を負っている。

こうしたバランス感覚絶妙のドラマが展開するなかで、サマンサ・モートンのサラは新しい生命を誕生させる。家族の再生、それは言い換えればアメリカへの希望でもある。それもマテオの死と引き換えに。多民族社会アメリカで移民がアメリカ人になること。このことを、登場人物の全員が謳い上げているのだ。


【サラ×サマンサ・モートン】

1977年5月13日、イギリスのノッティンガム生まれ。ハリウッド女優の感覚からすると、どちらかといえば地味な印象を与えるタイプである。だからといって存在感が薄いかと言えば、そうではない。むしろ正統派の演技者とすべきだ。『アンダー・ザ・スキン』(97年)で長編映画にデビューしたモートンが、有名になったのはウディ・アレン監督の『ギター弾きの恋』(99年)。この映画で演じた聾唖のヒロイン。自堕落なギタリストにナンパされて、置き去りにされる薄幸な女性だが、映画が終ってみれば存在は最も光っている。「ジェーン・オースティンのエマ」「ジェーン・エア」や「トム・ジョーンズ」等のTVMを経て、トム・クルーズと共演した『マイノリティ・リポート』(02年)では予知能力者アガサを演じて、主人公の生殺の鍵を握っていた。

『イン・アメリカ/三つの小さな願いごと』のサラは、静かだが激しさを秘めた役どころである。息子を亡くした母の悲しみを秘め、かつそれを乗り越えるための夫婦間の葛藤があり、慣れない街での新しい生活を始めた家族のまとめる。そして新しい生命を誕生させることによって、一家に希望をもたらす。セリフの数は少なく、役柄も二人の娘の後に控えているような印象だが、どうしてどうして。家族の再生というテーマを一番大きく支えているのはサマンサ・モートンのサラである。ドラマをじっくりと注視させる女優なのだ。

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(C)2003 TWENTIETH CENTURY FOX
『イン・アメリカ/三つの小さな願いごと』

2003年12月13日(土)より、シャンテ・シネ、新宿文化シネマほか全国順次ロードショー
監督:ジム・シェリダン
出演:サマンサ・モートン、パディ・コンシダイン、ジャイモン・フンスー、サラ・ボルジャー、エマ・ボルジャー他
(2003年/アイルランド・イギリス/106分/20世紀FOX映画配給)
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