『シモーヌ』:レイチェル・ロバーツ

今回は極めてユニークなヒロインである。少なくともこの“スクリーンの中のヒロインたち”には登場したことのないタイプ。というのもそのヒロイン、シモーヌはCG製の女優で生身の肉体をもたない女性。ただしシモーヌを演じるレイチェル・ロバーツは本物の女性ですョ! 念のため。

そもそもCG女優誕生のきっかけになったのは、新作映画のとん挫だった。主役に決まっていた(我まま)女優ニコラ(ウィノナ・ライダー)が撮影直前になって降板してしまって、監督のヴィクター・タランスキー(アル・パチーノ)は途方にくれていた。そこに現われた、タランスキーのファンだと言う謎のコンピュータ・エンジニア、ハンク・アレノ(イライアス・コティーズ)。彼が開発したCG女優を創るソフト“シュミレーション1”が、タランスキーのピンチを救ったというわけだ。

さてそのCG女優シモーヌ。容姿から演技力まで、当然のことながら、どこをとっても完全無欠の女優である。よってこれまた当然で人気は沸騰。映画は大ヒット。歌手デビューをして、世界中を衛星中継で結ぶライブでは1000万人を動員。そして遂にアカデミー賞にノミネート。だだひとつの問題は、シモーヌが生身の肉体として実存しないことだった。

映画は生身の肉体として実存しない女優シモーヌをめぐる騒動をコミカルに描く。その一番は加熱するマスコミの取材攻勢。(ハンクが過労死したので)唯一このからくりの鍵を握っている映画監督タランスキーが秘密を死守すべく四苦八苦する。その様は見てのお楽しみとして、この映画から見えてくるのはハリウッド、つまり映画業界の楽屋裏。

同時に脚本・監督のアンドリュー・ニコルの意図も見える。それは“勝てば官軍。やってしまえばこっちの勝ちさ”といった、いわば何でも有りのハリウッド映画業界に対する警鐘である。『ガタカ』で遺伝子操作が抱える危険性をエンタテインメント化し、『トゥルーマン・ショー』でテレビ業界を皮肉ってコメディにしたアンドリュー・ニコルが、今度は映画業界に目を向けた。人気女優ニコラの降板にハリウッド女優(男優)の自己中心が透けて見え、マスコミの取材攻勢には過剰なスター崇拝の滑稽さがうかがえる。けれど一番の問題は虚構で塗り固められたマス・カルチャー、つまり何でも有りのやり方で、その最たるものがCGで女優を創ってしまったということ。これは超高度なテクノロジーへの依存度が日増しに大きくなり、ドラマを語ることよりもテクノロジーをウリにする昨今に映画作りに対する警鐘と受け取れる。

とはいうものの、こんな理屈はひとまず脇に押しやって、CG女優をめぐる騒動とというアイディアの面白さをまずは楽しみたい。


【ここがポイント】
一にも二にもヒロインがCG製の女優だということに尽きる。このことを通してテクノロジーをウリにする風潮に警鐘を鳴らしていることは前述したが、シモーヌという新しいヒロインは同時に映画にひとつの方向性も示唆している。それは1999年に『マトリックス』を見た時から感じていたのだが、ゲームの世界のオリジナルなサイバー・ヒーロー(ヒロイン)が次々に誕生しているのと同様に、肉体としての俳優が不要の実写映画が当たり前の時代がくるのではないかということ。『シモーヌ』の場合は、CG女優シモーヌをレイチェル・ロバーツが演じているが、それさえも必要がなくなるのではないかということだ。事実、映画の終りの部分で、タランスキー監督の元妻で映画会社を経営しているエレイン(キャサリン・キーナー)は提案する。「キャスト全員がCGの映画を作ろう」と。このことの是非はともかくとして、技術的には可能である。

そこでちょっと考えてみたい。CG製のキャラクターたちは肉体も人格も持たないだけに、監督、いやオペレーターといする方が適切かもしれないが、すべては彼の意のまま成すがまま。従順なことこのうえなし、なのだ。さらに良いことに容姿から性格、行動まで、完全無欠にして変幻自在である。

人間のドラマは人間が不かだからこそ生まれるのではないだろうか。人はそれぞれに人格を持ち、性格も違い、必ずしも人の意のままにはならないからドラマが生まれるのではないだろうか。この映画のCG製のヒロイン、シモーヌは映画にひとつの方向性を提示した。


【シモーヌ×レイチェル・ロバーツ】
1980年、カナダのバンクーバー生まれ。母がモデルをしていた関係で18歳の時にモデルを始め、パリ、ロンドン、ニューヨークで活躍し、ELLE、VOVUE、マリ・クレール等の雑誌にも登場。こうしたキャリアを買われて、「オードリー・ヘプバーンの微笑」「ジョディ・フォスターの演技力」「キャメロン・ディアスのプロポーション」「ジュリア・ロバーツのスターオーラ」を兼備した、つまり完全無欠のハリウッド(CG)女優シモーヌ役で映画にデビューした。CG女優を演じるとはかなりユニークだが、このユニークさ逆手にとってを宣伝に利用するのが映画界の習い。全米公開時にはレイチェル・ロバーツの名前はクレジットされず、その存在さえも公開までは秘密にされる等、徹底した秘密主義をとることによって話題を盛り上げたのだとか。この映画がデビュー作で実力等々、すべては未知数のレイチェル・ロバーツ。生身の肉体をもたないCG女優という役柄、そして話題作り。ハリウッドの映画界の一面を象徴するだけでなく、肉体としての演技者の方向性をも示唆している。その意味で今後の仕事を見守りたいが、生身の俳優だと思って映画を見ていたら、実はCGだった、などという時代が来て欲しくない。画面のレイチェル・ロバーツを見ながらそんなことを考えた。

テキスト:きさらぎ尚(Movie Egg


『シモーヌ』
2003年9月13日より公開


監督:アンドリュー・ニコル/出演 : アル・パチーノ、レイチェル・ロバーツ、ウィノナ・ライダー、キャサリン・キーナー他
( 2002年/アメリカ/配給:ギャガ=ヒューマックス)

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