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○月○日
人並み外れた特技、あるいは知名度を生かしてスポーツ選手が俳優に転身するケースがある(この場合、例えばオリンピックのメダリストが現役を退いてテレビタレントに転身する元選手が多い日本のケースは除外する)。いちばん有名なのは映画『ターザン』シリーズで御馴染のジョニー・ワイズミュラー。このケースの草分け的な存在の彼は1924年のパリと28年のアムステルダムの、2回のオリンピックにアメリカの水泳選手として出場し、自由形で5個のゴールド・メダルを獲得し、現役の全期間を通じて実に67の世界記録を樹立している。

以来、アーノルド・シュワルツェネッガー、ジャク=クロード・ヴァン・ダム、ブルース・リー、リー・リンチェイを改めてハリウッド映画に進出したジェット・リー等々。スポーツ界から俳優に転身した人は、それぞれに活躍の場を確保している。

さて『フェーム』(80)と『コーラスライン』(85)を足し、隠し味に『愛と喝采の日々』(77)を加えたような『センターステージ』(5月上旬公開予定)にも、冬期オリンピックのゴールド・メダリストが出演している。イリア・クーリックがその人。クーリックはフィギュア・スケーター。1977年にモスクワで生まれた彼は6歳でスケートを始め、18歳で世界ジュニア・チャンピオンに。98年の冬期オリンピックで史上初の4回転ジャンプを決めて金メダルを獲得した経歴を引っさげての、映画俳優デビューである。

アメリカの名門バレエ団アメリカン・バレエ・カンパニーのアカデミーに、選りすぐられて入学したプリンシパル・ダンサーのタマゴたちの卒業までを描いた青春映画、『センターステージ』でクーリックが演じるのはモスクワからの留学生セルゲイ役フィギュア・スケートで鍛えた動きと、その練習のひとつとして身につけたバレエの素養で、指先から爪先まで、身のこなしが様になっている。今後も俳優でやっていくのかどうかは定かではないが、デビューとしてはこの役は賢明な選択だと思う。それになによりも、ブロードウェイの実力コレオグラファーのスーザン・ストローマンが振り付けをしているし、またバレエ界の若い才能が出演していて、映画そのものが素晴しい出来栄えなのだ。

蛇足ながら、やはりロシアのスポーツ界からは昨年のシドニー・オリンピックの新体操で銅メダルを獲った17歳のアリーナ・カバエワが、中野裕之監督の日本映画『RES SHADOW 赤影』(8月公開)に、サーカスの少女役で出演している。ちなみに彼女は選手生活を続けるそうだ。



○月○日
自民党の総裁選挙の話題が盛り上がりを見せる中、アメリカの副大統領を指名をめぐるポリティカル・ドラマ『ザ・コンテンダー』(6月上旬公開予定)の試写会に行く。これは任期半ばで死亡した副大統領の後任の候補になった民主党の女性上院議員(ジョーン・アレン)をヒロインにしたもの。女性副大統領誕生に世論が沸き立つ一方、対立候補をその座に就かせようとする勢力(ゲイリー・オールドマン)もある。ドラマは妨害工作や議会との駆け引き、果ては大統領(ジェフ・ブリッジス)の権限など、アメリカの政治の中枢であるホワイトハウスの内側がスリリングに描き出される。

そして思うのは、日本の政治が国民不在で動いているのに対して、アメリカは国民と共にあるということ。だからこそ日本にはないポリティカル・サスペンスといった、映画、もしくはテレビのジャンルが確立されているのだ。そのうえジャンルに関係なく、今回は副大統領だったが、たとえば合衆国大統領はしばしば映画の主人公になる。『大統領の陰謀』『JFK』『ニクソン』『13デイズ』といった実在した大統領から、『デーヴ』『アメリカン・プレジデント』といったフィクションまで、実に多様な映画の主人公たりえている。日本の総理大臣で映画の主人公になりえる人物が果たして何人いるだろうか。あるいは総理大臣を主人公にした、総理大臣官邸を舞台にしたロマンチック・コメディなんて想像できます?できたとしても私は No thank youです。議会制民主主義の日本と比較はできないが、映画の主人公というくくりで言えば、自分たちの手で選んだ大統領は自分たのヒーローであり、よって大衆娯楽の映画でも主人公たりえるということに尽きると思う。で、肝心の『ザ・コンテンダー』は、アメリカ映画の理想主義を気持ちよく見ることができる。第一、女性の服大統領が誕生することも、絵空事ではない。



○月○日
スペイン・フランス合作映画『ベンゴ』(5月下旬公開予定)を見に行く。フラメンコに特別な知識があるわけではないが、[踊り系]の映画が好きという理由だけで行ったのだが、見てみるとこれが凄い映画だった!?

アンダルシア地方を舞台にしたストーリーは極限までシンプル。この地方の敵対するふたつの家カコとカラバラの物語。カコの兄マリオがかつてカラバラ家の一人を殺して行方不明になっているために、カラバラの人間は敵討ちとしてマリオの息子の命を狙っている。けれど、カコはなんとかして憎しみを終結させたいと思っているが、事はそう簡単には運びそうもない。なのでカコは死をも覚悟して、洗礼のパーティが行われているカラバラ家に単身乗り込むというもの。

こんなにシンプルでいいのだろうかと思いきや、ラスト、すなわちクライマックスですさまじいまでの映像と、話の決着のつけ方を見せられた。つまり、物事をあいまいにやり過ごして丸く収めるなどということはなく、[きっちり落とし前をつける]ことの衝撃である。これこそがロマ(ジプシー)の民族的な血といっていいのだろうが、見方を変えれば差別され流浪する民ならではの、結束の固さだろう。いづれにせよ[臭いものに蓋をする]ことや、都合の悪い[過去を水に流す]ことが得意の日本人には衝撃のドラマだ。ダンサーにしろミュージシヤンにしろ、映画にはフラメンコの魂がある。ちなみに主人公カコを演じるアントニオ・カナーレスは、今回ダンスは披露しないが、最も模倣されたフラメンコ・ダンサーと称されている。ラ・パケーラ・デ・ヘレスの声量、トマティートの演奏も聞き逃せない。夏にはやはりフラメンコ映画の『ジターノ』も公開される。一昨年から昨年にかけてが映画がサルサ・ブームを作ったが、今年はフラメンコ・ブームになるのかもしれない。




俳優やクルーのことを詳しく知りたい方は、Miss Marpleの「Movie data base」をご覧ください。


Text:Nao Kisaragi
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