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HOLY MOTORS

a film by Leos Carax

レオス・カラックス監督
『ホーリー・モーターズ』

特別先行上映トークイベント
& 来日記者会見

text & photo : yuki takeuchi

レオス・カラックス監督は、自分は寡作だがいずれにせよ多作にはならなかったと言う。その理由として「自分が前の作品をつくった自分と同じであるという確信がもてないと、映画は作れないからです。しかし人生は進んでいき、たしかにたくさんの映画を撮る監督もいます、例えばファスビンダーがそうですが、彼の場合はすべて素晴らしい作品になっています。しかし、彼は、生きていくために、あるいは実験をするために自分自身を燃焼させ、いい映画を作っていたとしても人生の中盤に若死にしてしまいました。いずれにしろ、自分を毎年新たに作り出すことはできません。それは不可能です。」と語った。

映画の美、映画の詩(ポエジー)は、映画の中にあるドキュメタリーの部分からきている

最後に佐々木さんは本作や映画や演劇のなかでの死について触れ「フィクション/虚構ということが、今もっているチカラ、役割」をどのように考えているのか問いかけると、カラックス監督は「映画の美は、映画が純粋なフィクションじゃないところからきています。映画の美、映画の詩(ポエジー)は、映画の中にあるドキュメタリーの部分からきているのだと、私は思います。この映画のドキュメタンリーな部分は、ドニ・ラヴァンがそこに存在しているということです。彼は、私が作り出した存在ではありません。私が、発明したものではないのです。彼にカツラを被せたり、メイクをさせたり、目の色を白にしたりすることはできますが、その下には必ずドニ・ラヴァンがいます。美しい女性が出てきたとしても、それは私たちが作り出したものではありません。映画はむしろヴァーチャルなものを描くこともあります。例えば、モーションキャプチャーにはドキュメンタリーの部分はもう存在しません。人間は消えてしまい、その動きだけがコンピューターで捉えられているからです。それもまた面白いものだと思います。これは映画では、もはやなくなっています。別の方向に行っていて、そちらの方も私は探求をしていますが、それは映画ではありません。最初に登場したモノクロの連続写真のフィルムは、むしろ体をモーションキャプチャーとして捉えたものと言っていいでしょう。19世紀に発明をされています。なぜ、人間の体にマーカーをつけてコンピューター処理をすることを発明するまで、こんなに長いこと待たなければならなかったのでしょうか。19世紀に、すでにモーションキャプチャーはあったわけです。すなわち、ドキュメンタリーとフィクションの間で、あのモノクロの映画では人間が走り、ボールを投げます。モーションキャプチャーのように、マレーは人間の体の動きを捉えていたのです。映画において、モーションという言葉、これは英語でもフランス語でもmotionは同じですけども、感情、感動、emotionとかなり近い言葉です。ですから、映画においてドキュメンタリーを出発点として、こうやってフィクションに到達をする、という動きが存在しています。」と語った。

レオス・カラックス監督は、観客からの拍手のなか「じゃあ、タバコを吸いにいきます。」と最後の一言を残した。監督がトークの間、右手の中でタバコを1本弄んでいたことがとても印象的だった。

翌日28日に行われた来日記者会見のレポートにつづく…


© Pierre Grise Productions

『ホーリー・モーターズ』
(原題:HOLY MOTORS)

4月、ユーロスペースほかにて公開 全国順次ロードショー

スタッフ:監督・脚本:レオス・カラックス(Leos Carax)、撮影:キャロリーヌ・シャンプティエ、イヴ・カープ

キャスト:ドニ・ラヴァン、エディット・スコブ、エヴァ・メンデス、カイリー・ミノーグ、ミッシェル・ピコリ

提供:ユーロスペース、キングレコード
製作:2012年/フランス・ドイツ/フランス語/115分/DCP/カラー
配給:ユーロスペース

オフィシャル・サイト

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