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第67回カンヌ国際映画祭パルムドール受賞『雪の轍』公開記念
沼野充義氏が読み解く『雪の轍』で描かれるロシア文学

text & photo : yuki takeuchi

これまでカンヌ国際映画祭で2度のグランプリと監督賞を手にしてきた、トルコの巨匠ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督。第67回カンヌ国際映画祭では、最新作『雪の轍』にて、ついに最高賞のパルム・ドールを受賞。「本作で最も印象深いのは、その“広がり”だ。」ジャ・ジャンクー(映画監督)「この世界にもっと身を浸していたかった!」ジェーン・カンピオン(映画監督)など、名だたる映画監督がその素晴らしさに賛辞を惜しまず、また、国内からも「近年、ダントツで観るべき映画。」行定勲さん(映画監督)など、映画監督のみならず、文学や演劇の分野からも多くのコメントが寄せられている。

トルコ・カッパドキアが舞台でありながらチェーホフの短編を発想源としており、他にもドストエフスキー、トルストイなど様々なロシア文学が色濃く反映されている本作。公開を目前に控えた6月21日、紀伊國屋書店新宿南店にて、チェーホフを初めとする様々なロシア作家の翻訳を手がけるロシア文学者の沼野充義氏によるトークイベントが開催され、本作に隠された文学を読み解きならが作品のテーマへ迫るトークが繰り広げられた。

STORY
カッパドキアに佇む、ホテル・オセロ。雪に閉ざされ、浮かび上がる鬱屈した思い、辛辣な言葉、そして愛。
カッパドキアで洞窟ホテルのオーナーとして裕福に暮らす元舞台俳優のアイドゥン。しかし、若く美しい妻との関係はうまくいかず、離婚で出戻ってきた妹ともぎくしゃくしている。さらに家を貸していた一家からは家賃を滞納された挙句に思わぬ恨みを買ってしまう。何もかもがうまくいかないまま、やがて季節は冬になり、降りしきる雪がホテルを覆い尽くしていく。閉じこめられた彼らは、互いに鬱屈した心の内をさらけ出していく。しかし、会話を重ねるたびに、すれ違っていく彼らの心。
やがて、アイドゥンはある決意をする。果たして、彼らに春は訪れるのだろうか―。

沼野氏は、本作のベースとなっている作品として、基本的なプロットは『妻』、主人公アイドゥンと離婚で出戻ってきた妹の関係、対話は『善い人たち』であると、チェーホフの2つの短編を紹介。そして「監督はロシア文学だけでなく、文学を非常によく読んでいる人」、『雪の轍』については、「作品舞台をカッパドキアという美しい場所にしつつも作品自体がそれに負けることなく、またトルコを舞台にしながらも中身はロシア文学に浸されているところが面白い」と評した。

また、これらチェーホフよりも、実はドストエフスキーの方が作品に色濃く影響を与えているのではないかとも述べる。「面白いのは、チェーホフの方は誰も知らないような作品であるが、ドストエフスキーの方は誰もが知っている作品」と言い、『カラマーゾフの兄弟』と『白痴』を挙げた。『雪の轍』のなか、主人公アイドゥンは裕福でいくつもの貸家を所有している。あるとき、そこに住む貧しい人へ家賃の催促をいくのだが、そこの家の息子がアイドゥンに対して反感を抱き、アイドゥンの車に石を投げつけて窓ガラスを割ってしまう。しかし、この修繕費が彼らにとって、とても払うことの出来ないような額になってしまう…。別のシーンでは、ある人物がその貸家に住む貧しい人たちに、慈善的な行ないとして金銭の施しをしようとするのだが、彼らはそれを苦渋の葛藤の末にはねつける。沼野氏は、それらのシーンの貧しい人たちにも自尊心があるという表現や「人間の魂というのは不条理なところがあり、愛と憎しみが同居したようなアンビバレントな、危うい、緊迫した感情」を「ドストエフスキー的」だと説明し、「静かな葛藤だが、シーンが緊迫してくる」と述べた。

主人公が経営するホテルの名前は<オセロ>というシェイクスピアの戯曲のタイトルからきている紹介しながらも、シェイクスピアの四大悲劇の名前ついたホテルにはあまり泊まりたくないと冗談も。また本編の最後の方には、『リチャード3世』からの引用もあることも紹介し、決してチエーホフやドストエフスキーだけにとどまらないことを付け加えた。

その他には、『雪の轍』に直接的な関係はないかもしれないと断りながらも、『雪の轍』を観る楽しみを補い、また観た人たちに文学的な広がりを与えてくれる作品として、ジャン=ポール・サルトル『嘔吐』、アルベール・カミュの戯曲『カリギュラ』(主人公の部屋にはポスターが貼ってある)、オルハン・パムク『雪』(雪というモチーフが共通しており、また、本作の監督と並びトルコ代表する現代芸術家&ノーベル文学賞受賞作家である)、古川日出男『馬たちよ、それでも光は無垢で』(カッパドキアは“美しい馬の国”という意味であり、映画のなかでも印象的な馬のシーンがある)、ヴァレリー・アファナシエフ『音楽と文学の間』なども紹介した。

本作『雪の轍』は、チェーホフの3つの作品を下敷きにしていると監督自身も語っているが、前述のの2作品以外のもう1作品が何なのかは、監督自身の口からも語られていない。沼野氏は、その作品について『ワーニャ伯父さん』と『三人姉妹』を「映画にも近い世界がある」として挙げた。前者は、退職した大学教授が後妻である若き妻と田舎で暮らしているが、その閉塞した小世界の中での人間関係を描いていおり、本作の主人公と若き妻の関係にも繋がる。後者は、地方でくらす姉妹がかつて住んだモスクワという都市への帰郷を望みながらも、いつになっても戻ることができない状態を描いた物語。これは主人公が、妻との確執の中で、カッパドキアからイスタンブールへ向かうことを心に抱きながらも、いつになっても実現できない状態、また都市と地方の関係と重なると紹介した。

最後に、沼野氏は「映画と原作の関係は複雑なところもあるが、双方を知ることによって映画の楽しみ方が増えていくのではないか」と述べ、また、もしそこに直接的な関係性なくても、映画や文学の繋がりやきっかけが自分の世界が広がることは素晴らしいことだと締めくくった。

6月27日(土)より、角川シネマ有楽町および新宿武蔵野館ほか全国順次公開!
『雪の轍』
http://www.bitters.co.jp/wadachi/


©2014 Zeyno Film Memento Films Production Bredok Film Production Arte France Cinéma NBC Film

『雪の轍』
(原題:Kış Uykusu)

6月27日(土)より、角川シネマ有楽町および新宿武蔵野館ほか全国順次公開!

監督:ヌリ・ビルゲ・ジェイラン 脚本:エブル・ジェイラン、ヌリ・ビルゲ・ジェイラン
出演:ハルク・ビルギネル、メリサ・ソゼン、デメット・アクバァ、アイベルク・ペクジャン、セルハット・クルッチ、ネジャット・イシレル

トルコ・仏・独/2014年/196分/カラー/シネマスコープ 

協力:ターキッシュ エアラインズ  後援:トルコ大使館、ユヌス・エムレ インスティテュート

提供:ビターズ・エンド、KADOKAWA、サードストリート 配給:ビターズ・エンド

オフィシャル・サイト

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