[BROTHER]

脚本・編集・監督:北野武、音楽:久石譲、/製作:オフィス北野/出演:ビートたけし、オマー・エプス、真木蔵人、寺島進、加藤雅也、他/2001年/日英合作/114分/配給:オフィス北野、松竹/2001年1月より全国松竹系にてロードショー
公式ホームページ http://www.office-kitano.co.jp/brother/

抗争の果てに組を失った男・山本(ビートたけし)。「逃げ場」を失った男が向かった場所、それは留学したまま消息が絶えてしまった弟・ケン(真木蔵人)がいるロサンゼルスだった。すべてを喪った男の最後の拠り所は 「血」だったのかもしれない。ダウンタウン。言葉も通じない街で、やっと探し当てた弟はジャンキー相手の売人に成り下がっていた。再開を喜ぶ間もなく、ケンたちのドラッグトレードの現場に出くわした山本は、本能の赴くままに彼等を助けるのだが、、、。このドラッグをめぐる小さないざこざが、ヒスパニックからチャイニーズ、いつしかイタリアン・マフィアという巨大組織を巻き込んでの抗争に発展していく。生き続けるためには、殺られる前に「殺る」しかない。山本、ケン、そしてデニー。逃げ場を無くした男達は、国境沿いの荒涼とした砂漠へと追い込まれていく・・・。

とにかく圧巻!!! エンド・クレジットが流れ終わってもまだ席から離れることができなかったくらいに。かたくなに「暴力」を表現し続けてきた北野武監督がついにアクションの本場であるロサンゼルスに乗り込み、全世界に向けて放つバイオレンスアクション・エンターテイメント・ムービーを作ってしまったという感じ。今までこんな強烈な暴力、そして鮮烈なエンターテイメント・ムービーはあったんだろうか?と思ってしまった。

個人的な意見を言わせてもらうと北野武ほど「拳銃」の似合う男はいないと思う。ハリウッド俳優はマシンガンといった他の銃器は似合うものの「拳銃」に関してはやはり北野武が一番である。なんというか、「硝煙の匂い、が似合う」という感じだ。

物語の始めで日本のヤクザの抗争が描かれてる。緊迫感のある映像で「密集した都会=東京」の空間を描いており、見る者に緊張感を与える。そしてアメリカへ移りL.Aのどこまでも広く開いた空間でマフィアとの抗争が繰り広げられることによって、二つの異なる都市の特殊性、そしてヤクザとマフィアの世界が上手く強調されていると思った。

映像的には北野監督得意の「静と動」、「海の背景」、青みがかった色として「キタノブルー」など北野ファン(キタニスト)には定番の味付けが随所に表れていると思う。また音楽に関しては「HANA-BE」「あの夏一番静かな海」「菊次郎の夏」などでコラボレートした久石譲が担当し、今回もまたBROTHERという映画に臨場感と高揚感、そして悲しみの場面に色を添えている。拳銃の音などの効果音にしても他のアクション映画とはまた違った再現をしており、筆者など思わず劇場で「ドキッ」 とさせられてしまった。あと印象的なことは、彼の作品によくあることなのだが、シリアスな設定・場面の中に突然コミカルなシーンが出てくる。それは「笑っている方が悲しい感情を表現するのに効果的だったり、死に対する緊張感が高まっている時につい遊んでしまうことがかえって緊張感を強める」という 彼独自の哲学であり表現方法だと思う。

北野武監督の作品はよく「暴力的なだけだ」などと表する者もいるが彼の作品は確かな演出に裏付けされた、北野の世界を実現させているのであって、単に暴力シーンを連続して見せるだけのアクション・ムービーとは一線を画していると筆者は思う。
暴力をデジタルなゲームを繰り返そうとするバーチャルで冷えきった世界に生きる現代の者達に対する北野武自身の熱い怒りを感じとれる。鮮血に象徴されるそのリアルな暴力描写は「痛み」を伴って見てる者へ突き刺さるが、人の持つ「痛み」を無視してしまうような暴力に対して「痛み」と「暴力」を持って暴力で反撃していってるのである。それが一貫して暴力の本質を見つめ、また問いかけてきた北野武の姿勢がこの作品にも色濃く反映されていると思った。暴力をデジタルなゲームを繰り返そうとするバーチャルで冷えきった世界に生きる現代の者達に対する 北野武自身の熱い怒りを感じとれる。鮮血に象徴されるそのリアルな暴力描写は「痛み」を伴って 見てる者へ突き刺さるが、人の持つ「痛み」を無視してしまうような暴力に対して「痛み」と「暴力」を 持って暴力で反撃していってるのである。それが一貫して暴力の本質を見つめ、また問いかけてきた 北野武の姿勢がこの作品にも色濃く反映されていると思った。
賛否両論であるだろうが筆者は彼の作品によくある「キツイ暴力シーン」はあれこれ論理を述べたり 理解しようとするよりも先ず「慣れる」ほうがいいと思う。

日本人は特に暴力に対して過剰な反応をするが(先日一般試写公開されたバトル・ロワイヤルなどもそうだったが)作品に秘められた全ての人にあるもの「内なる暴力」をリアルに受け止めて欲しい。場面の描写の一部分だけを見てあれこれ言うのではなく、作品として素直に見て欲しいものだ。

映画の最後でカフェに佇む北野に対して店員のオジさんが「日本人ってのは理解しがたいね?」と問い掛けるシーンがある。何も言わずに「ニヤッ」と笑みながら立ち去るのだが、その姿こそ北野が今回の作品を通して世界へ向けて公開されることを通して言いたかった、表現したかったことなのかもしれないと思った。

Text : KAY

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