[知られざる男の自画像]

監督、脚本:エドガルド・コザリンスキー/製作:クロード・ショーヴァ/出演:ジャン・コクトー、エリック・サティ、レイモン・ラディゲ他/1983年フランス/70分/配給:ケイブルホーグ

ジャン・コクトー、彼は詩人であり、作家であり、画家であり、映画監督でもある。しかしその名声にもかかわらず、彼がほんとうは何者なのかということは、いまだにひとつの謎である。そんな謎の人ジャンコクトーの真実に迫ろうとしたのが、ドキュメンタリー映画『知られざる男の自画像』である。この映画はコクトー自身の証言によって、彼の生い立ちからその芸術の成り立ちまでを語らせようとした作品だ。 映画のなかには随所に彼の作品が挿入され、コクトー自身がこれに解説を加えている。『詩人の血』や『オルフェの遺言』といった映像作品から、教会に描かれた壁画にいたるまで、彼はそこに刻もうとした美の瞬間を彼自身の言葉で語ってくれる。例えば『詩人の血』の有名な鏡のシーンではそのしかけが具体的に語られている。人間が鏡の中に飛び込むというシーンの種を明かせば、地面 の小さなプールを鏡に見立て、そこに飛び込む人を上空から撮影したにすぎない。それは今日の発達した特撮技術からすれば、子供だましともいえないほど幼稚なものかもしれない。しかし彼にとって重要なのは、特撮技術そのものではなく、「言葉で表せないものを見せる」ことにこそあるのだ。ここにはあらゆるメディアを駆使しながらも、そこに一貫する彼の詩人として本領をうかがうことができる。
また映画のなかではそれまでの芸術活動で交流をもった、ピカソやサティ、ラディゲやココ・シャネルといった人々についても語られていれる。コクトーはピカソやサティらとともにシャネルの後援を受けて『パラード』というバレエを上演したが、これが当時大きなスキャンダルを巻き起こした。その様子が彼の口からじかに語られると、そこから「ベル・エポック」と呼ばれた一時代のパリを偲ぶことができるだろう。


この映画は1983年フランス国営放送がテレビ放映用に製作したドキュメンタリーである。監督はアルゼンチン出身のエドガルド・コザリンスキーで、彼は映画製作のほかにもボルヘスに関する著作を書いている。  それにしてもジャン・コクトーは不思議な人である。映画のタイトルが物語っているように、彼はまさに「知られざる男」なのだ。しかしその不可思議さと裏腹に、彼の作品そのものは、けっして現代芸術に特有な難解さをもつことはない。作品そのも のは詩であれ、絵画であれ、映画であれ、優美であり、むしろ親しみやすいと言うべきであろう。これが事態をますますやっかいなものにしている。  そんなコクトーを理解したい人にとっては、格好の材料となることはまちがいない。なにしろ問題の張本人が「自分」について語ってくれるのだから、これ以上の「コクトー入門」は望むことはできないといえるだろう。

Text :H.Hurumi

Copyright (c) 2001 UNZIP