[テルミン]

脚本・製作・監督:/スティーヴン・M・マーティン/出演:レフ・セルゲイヴィッチ・テルミン、クララ・ロックモア、ロバート・A・ムーグ 他/1993年アメリカ/83分/配給:アスミック・エース/恵比寿ガーデンシネマにて夏休みロードショー予定
:『テルミン』オフィシャルサイト

この映画は異能の天才物理学者テルミン博士の波乱に満ちた人生を本人を含めさまざまな人々の証言で構成したドキュメンタリーである。主人公の物理学者テルミン博士は、ロシアに生まれ、サンクト・ぺテルブルクの大学に在学中に偶然、問題の電子楽器を発明してしまう。彼はこの楽器に自分の名前をとり「テルミン」と名づけた。楽器は四足の木箱にアンテナが二本、垂直方向と、水平方向に立っているだけのいたってシンプルなものである。演奏はこの二本のアンテナに手をかざすだけという、これまたシンプルなものであった。この楽器はたちまち評判を呼び、クレムリンでは、かのレーニンも博士の前で演奏を試みたという(テルミンを弾く同志レーニン、なんともロシア・アヴァンギャルドな風景だ)。

その後、博士は楽器「テルミン」の普及に努めようと、拠点をアメリカに移し、弟子たちとともにニュー・ヨークで奮闘をつづけていた。そんなデモンストレーションの一環として、十数台のテルミンからなるオーケストラを組織し、カーネギーホールの舞台も踏んでいる。彼が愛した女性テルミン奏者との夢のような日々、徐々に浸透しつつある楽器の名声、なにもかもがうまくいっているように見えた。だが、ソ連政府による博士の拉致誘拐によって、無残にもすべてが砕け散ってしまった。その後の博士はまさに政治情勢に翻弄されつづけ、スターリン時代の知識人がたどる最悪の運命、「シベリア流刑」にまで見舞われた。こうして完全に忘れ去ら れたかに見えたテルミンであったが、その精神はシンセサイザーの発明者ムーグに受け継がれ、独特な音色は一部の人々(レッド・ツェッペリンのジミー・ペイジやビーチ・ボーイズのブライアン・ウイルソンなど)を魅了し、細々とではあったが、命脈を保ち続けたのである。このように映画は両テルミンの運命をその儚い音色に載せて淡々と描いている。こうして波乱の20世紀を生き抜いてきた博士は当時すでに90歳を超えていた。晩年にようやく訪れた名誉回復、そしてかつての愛弟子であった女性との数十年ぶりの再会で映画は幕を閉じることになるのであった。


80年代初頭に中学時代をすごした私は、当時全盛だったテクノ・ブームの波をもろにかぶると同時にプログレの洗礼を受け、パンク・ニューウェーヴにも多大な影響を受けていた。そんな時代背景もあり、楽器をはじめるときにもギターやベース、ドラムなどより自然と鍵盤楽器に惹きよせられていたのである。(たしか20回ぐらいの)ローンを親に組んでもらいコルグのMS-20というシンセサイザーを小遣いで購入し、朝から晩まで飽くことなくいじりまわしていた。 したがって当然シンセの原型であるテルミンのことも知ってはいた。ところがこの映画をみることによって、楽器と発明者の運命がその音色以上に悲哀に満ちたものであることを知らされたのである。これは20世紀音楽史の知られざるドキュメンタリー ということができよう。映画は監督が資財を投げうって作っただけあり、楽器と発明者に対するまなざしが愛情に満ち溢れている。
「そんなシンセのご先祖なんて関係ないよ」という人にも、われわれのもつどうしようもない運命の悲しさについて何かを考えさせてくれる映画だ。

Text : H.Hurumi

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