∵『メメント』クリストファー・ノーラン監督来日記者会見

→ 『メメント』レビュー
2001年7月10日13時より、銀座東武ホテルにて『メメント』のクリストファー・ノーラン監督の記者会見が行われた。ノーラン監督は新作『インソムニア』を撮了したばかり、編集に入るまでの合間をぬって……てなタイミングでの初来日だ。『メメント』の公開は秋、10月くらいなんだけど、こんなに早く来るのは多忙なせいらしい。しかしまあその『メメント』があまりにも知的にして繊細、しかも斬新かつ挑発的な映画だったので、監督はかなりのキワモノ映画狂か、はたまた超ハンサムか、とついヘンな期待をしてしまったのだが、黒のスーツで現れた普通のオジサンっぽいノーラン監督の姿に、ちょっとガックリしたりしなかったり……。
彼は『メメント』の象徴的アイテムであるポラロイド・カメラを持っていて、それで記者会見会場を撮影したりしつつ、でも質問にはきわめてフランクに(真面目に)答えてくれたのだった。でも半分くらいは司会が準備した質問に費やされ、会見時間はなんと30分!って短さにはちょっと驚いた。いろいろ聞きたい話はあったんだけど、モノがモノだけに作品のミステリ部分についてうっかり喋るのもマズいし、実際に観ないとわからないって類の面白さなので、立ち入ったことを聞かれると困るってことなのかもなあ……。ま、そんなあっさり目の質疑応答風景を、じっくり再現してみた。どうぞお楽しみあれ。

司会:クリストファー・ノーラン監督です。みなさん拍手でお迎え下さい(監督登場、拍手)。……この『メメント』は、全米で当初11館で始まりましたが、口コミの評判とリピーターの続出により、上映10週目にして531館に拡大されました。並みいるメジャー大作を押しのけ、全米チャート8位にランキング(5月23日現在)され、インディペンデンス映画としては異例の快挙を成し遂げた作品です。クリストファー・ノーラン監督は、29歳という若さで撮ったこの作品が、アカデミー賞監督に輝いたスティーブン・ソダーバーグ(『エリン・ブロコビッチ』『トラフィック』)に認められ、長編3作目にして、彼のプロデュースによるメジャー大作(『インソムニア』)の監督に抜擢されました。この度の来日は、新作のポストプロダクションの合間を縫って、ようやく実現することができました。それではクリストファー・ノーラン監督から、一言ご挨拶をお願いします。

クリストファー・ノーラン監督:
「本日はこのようにたくさんお集まり下さいましてありがとうございます。クリストファー・ノーランです。今回の作品『メメント』の脚本と監督を担当しています。この作品は、実は実の弟のジョナ、ジョナサン(・ノーラン)が書いた短篇をもとにした作品です。来日は初めてなんですけれども、どうぞよろしくお願いします」


司会:まずは私から質問させていただきます。10分前の記憶を忘れてしまう男、という珍しい題材ですが、どのようにこの話を思いついたんでしょうか?

クリストファー・ノーラン監督:
「先程も申し上げましたように、この作品の元になったのは、弟のジョナが書いていた短編小説の話を、シカゴからロスに移動する間の、車の中で話してもらったのがきっかけなんですね。で、凄くいいアイデアだな、面白いなと思って、『これを是非、映画の脚本に書きたいんだけど』と言ったら、幸運にも『いいよ』と言ってくれて……で、まあこういう運びになったわけです。彼はそのままそれを小説という形で短篇として書き上げて、僕は脚本を書き始めたんですけれども……。二人とも、この作品のアプローチとして一番面白いのは、主人公の物語がどのように紡がれるかについて、やはり主人公の一人称で、彼の主観で語っていくのが一番効果的ではないか、ということでは一致していました。ちなみにその弟の短編小説の方は、今年の3月にアメリカの『エクスワィア』誌に掲載されています。それで映画の方は、自分が監督もして映画化して、こうして日本まで持ってくることになったんですけれども、兄弟のコラボレーションとして、非常に楽しく大変有意義なものでありました。けれどもアイデア自体はやはり彼のものですから、それはきちんとこの場で言っておきたいと思います。ちなみに彼がどこからアイデアを思いついたかというと、当時大学生だった彼が心理学の授業を受けていた時に、この症例の話が出てきて、そこからインスパイアされたと聞いています」


司会:あともう一問。この映画は一度時間軸をバラバラにし、再度それを構成するという画期的な構造になっていますが、かなり編集にご苦労なさったんではないでしょうか?

クリストファー・ノーラン監督:
「この作品はやはり一人称で語っていくのが一番望ましいと、弟とも話していまして、それは主人公の頭の中へと、いかに観客の気持ちを持ってこれるか?ということにつきるんですね。主人公のレナードは、短期的な記憶をもうキープすることができない、つまり自分の頭の中に留めておける情報がいたって少ないわけです。それと同じような経験を観客の方にしてもらうしかない、と判断した時に必然的にこういった構成をとることになりました。今、編集のことをおっしゃったんですが、実際一番苦心したのは脚本の執筆段階でした。やはり脚本でいかに今言ったようなことが成し遂げられるか、非常に時間がかかりましたけれども、納得のいく脚本を書き上げるまでが大変でした。反対に脚本を書き上げてしまうと、撮影や編集という段階では、ストラクチャー=構成自体がきっちり書き込まれている脚本に沿えばいい、という形でしたので、実はそれほど大変ではなかったんです。まあ、こういったストラクチャーをとることによって、一時期のフィルムノワールに見られたようなパラノイアとか不安とか、そういったものを喚起させられるものになったのではないかと、自負しています」


司会:ありがとうございます。それでは皆さまからのご質問を。

Q:最近の映画っていうのは、ぼやーっと、考えもせずにただ観てればいいものが多いんですけれども、この映画は本当に久しぶりに頭をひっぱたかれたみたいで、考えながら映画を観ていました。質問なんですが、まず現場でのレナード役のガイ・ピアースさんの演技指導はどうなされたのか? それからシナリオはしっかり書かれていたと伺いましたが、撮影の方は順番に撮っていったりされたんでしょうか? それとも例えば今日はシーン30、明日はシーン60という風に、シーンをバラバラに、無作為に撮る監督さんも多いんですが、監督はどのようなスタイルで撮られたのでしょうか?  この2点についてお聞かせ下さい。

クリストファー・ノーラン監督:
「サンキュー。まずガイ・ピアースさんについてなんですが、彼は本当に素晴らしい役者さんで、もちろん才能もさることながら、一つの役をつくっていく作業にとても綿密なアプローチをなさる方なんですね。非常にディテールに入っていく、つまり台詞の一言一言を監督と話し合って吟味して演る方で、それを実際パーフェクトに演技という形でみせくれるんです。そして、そういう過程を通して、彼は役者ではあるんですけれども、それ以上に、ある意味でこの映画に対しても監督に対しても論理的なフィルター、つまり物語に対しての、これはつじつまがあう、あわないといったフィルターの役目も果たしてくれました。というのは、彼は役者として自分が肌でわからない、理解できないものは一切演じてくれないんですね。ですから何か齟齬がある場合は監督と話し合って、ここがこうだから、という風に詰めていかなければならない。彼というフィルターを通したことによって、さらにこの作品をより論理的に構成することができたわけです。それから撮影の順番に関してなんですけれども、どの作品もですね、ロケ地とか役者さんのスケジュールとか、さまざまな要素によって、なかなか順撮りするのは難しいというのが通常ありますよね。実際この作品も条件は全く同じでした。ですが、先程申し上げたように構成自体は脚本段階で本当にかっちり、全て正確に書き込まれていましたので、それを遵守して撮影すればいいというだけでしたので、そういった意味で特別な意識は働いていません。ただもちろん、これもどの映画でも言えることなんですが、作品の中のストーリーが起きた順番、客観的な時間経過と、同時にスクリーン上で編集されて観客の方に観ていただくストーリーの順番というのは別々でありますので、この二つの流れというのは頭におきながら撮影に臨むという形で、撮影しました」


Q:先程のお話にもありましたけれども、監督は今回弟さんと一緒に映画をお作りになったということなんですけれども、映画を最初に観た時に、凄く衝撃を受けまして。『コーエン兄弟やウォシャウスキー兄弟よりも凄い兄弟監督が、また映画界に現れたのかな』と思ったんですけれども。今後も弟さんと一緒に映画を作られる予定なんかはあるんでしょうか?

クリストファー・ノーラン監督:
「今回の『メメント』に関して弟とこうやってコラボレーションできたことは非常にいい経験になりましたし、彼は客観的に見てもライターとしてとても優れています。ちなみに現在は小説を執筆中なんですけれども、いろんな企画とかアイデアのキャッチボールはしているんですが、そしてまたいつか、一緒に映画を作りたいという気持ちはもちろんあるんですが、私は弟が小説を書いている間、ちょうど別の作品の撮影に入ってまして、今その撮影が終わったばかりなんですね。ですからこれから編集にはいるという状態で、今は弟とはちょっと離れているのです」


Q:この映画、驚きと共に大変面白く拝見させていただきました。質問なんですけれども、監督はこれまでに、どのような映画に影響を受けてこられたのか、またどのようにして映画を学んばれてきたのか、これまでの監督の映画体験についてお聞かせください。

クリストファー・ノーラン監督:
「映画はもう本当に子供の頃から大好きで、7歳の頃から弟と一緒にずっと映画を作り続けてきました。映画の勉強というのは特にしていませんし映画学校もいってないんですけれども、本当に映画をたくさん観たので、やっぱり勉強というよりはそこからいろいろ学んだことが大きいのではないかと思います。今回の作品『メメント』に関しては、『どんな作品の影響を受けましたか?』と、よく質問されるんですけれども、その場合は、例えば非常に実験的な編集が記憶に残っているニコラス・ローグのもの------『ジェラシー』(79)か------だったり、他にはスタンリー・キューブリック監督、リドリー・スコット監督、こういった監督が自分に影響を与えたと意識はしています。『メメント』だけに限っていえば、ジョン・フランケンハイマー監督の『セカンズ』(?)とか、アラン・パーカー監督の『エンゼル・ハート』(87)とか、それから遡って同じ監督の『ピンクフロイド/ザ・ウォール』(82)とか、こういった作品の物語の紡がれ方が、非常に参考になったと思います。ただ、自分で作品を作ってる時はあまり自分の好きな作品とかは考えないようにしますし、また他の作品を敢えて観ないように仕向けるきらいがあります。やはりそういったものをどこか念頭においてしまいますと、その物真似、コピーという形になったり、あるいは『この人はこういうことをやっているからこれはやめよう』というようなことをしがちなので、なるべく他の作品から距離を置いて、この作品にクリエイティブに参加してくださってる方(キャスト・スタッフ)の意見のみを聞きながら、自分も一緒に、ただ単に作っていくという姿勢が、望ましいと考えています」 (※通訳の方は訳さなかったので聞き取り間違いかもしれないけど『セブン』も挙がってたような……あとジョン・フランケンハイマー監督の『セカンズ』って…不明だ)


司会:では次を最後の質問にさせていただきます(えーまだ30分もたってないのに!)。

Q:何度も観たくなるような作品を、という風に監督もおっしゃっていましたが、まさにその通りで、観る度にいろいろ新しい発見がある作品だと思います。質問はセット・ロケーションとライティングについてなんですが、例えば箱みたいな部屋に光が差し込んでいて、あたかもそれが真実の光であるかのように見えたりするんですが、そういったライティング技術やその効果などについてお聞かせください。

クリストファー・ノーラン監督:
「今回の撮影の中では、やはりレナードの経験を主観的に語るというのが非常に重要なポイントでしたから、反対にロングショットとか引いたワイド・ショットみたいなものはほとんど使っていないんですね。というのは、彼は記憶をそんなに長く保てないわけですから、例えば一つの部屋に入っても、どうやって自分がその部屋に入ったのか、何故そこにいるのか、その外に何があるのか、さっぱり覚えていないわけです。つまり彼の主観でいえば、そこにある本当に周囲1メートルくらいの世界しかないんですね。光も、照明の使い方もこれに倣って、例えば外から光が入ってくることによって、外には世界がある、何かがある、けれどもそれが何かはわからない……という、彼の主観を表現したものなんです」


司会:ありがとうございました。


Text:梶浦秀麿


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