フランス映画といえば、今や絶賛上映中の『アメリ』の評判が高いのだけれど、その監督ジャン=ピエール・ジュネとも大親友というピトフ監督のデビュー長編『ヴィドック』が、2002年1月12日からついに公開される。この作品は『アメリ』旋風で湧く2001年のフランスで9月に公開され、3週間で200万人を動員という大健闘をみせたヒット映画。19世紀初頭にパリに実在した元泥棒にして名探偵であるヴィドックの活躍を、凝りまくったヴィジュアル表現とハイスピードな展開で描いたアクション活劇だ。フランスの庶民に愛され、彼をモデルにした大衆娯楽小説が探偵小説のルーツになったというから、そのキャラクターの魅力は独特なものってのがわかるはず。ま、よく知らない日本人には「ヒゲモジャ親父」に見えるかもしれないけどさ(フランス映画界の重鎮ジェラール・ドパルデューが演じているんだけど……)。でもこの映画の主役は若き作家青年、エチエンヌ。『愛する者よ、列車に乗れ』『ザ・ビーチ』のギヨーム・カネが演じる彼が、ヴィドックの足跡を追うというスタイルで展開する映画は、意外な急展開を見せて観客を驚かすことになるだろう。また不気味な錬金術師(アルシミスト)の所業、その残酷で猟奇的(エロティックでもある)な描写へのこだわりも特筆もの。ハイビジョン技術=HD24pという最新機材を用いての斬新なヴィジュアルは、ちょっとした新しい映像体験を観る人にもたらすことにもなるだろう。

さて、公開に先駆けて、2001年度東京国際映画祭の特別招待作品として上映された『ヴィドック』。11月3日13:30から、監督ピトフの来日記者会見が東急BUNKAMURA地下1階のプレス・ルームにて行われた。その時の模様を完全再現レポートしてみよう。『ヴィドック』を観る前、観た後のヒントになるような話がいろいろあるので、きっと参考になるはず。前半はどうもテクニカルな面での説明が多いけど、これはこれでよく読むと面白いはず。後半ではジュネ&キャロとの交友や「ピトフ」という監督名の謎(笑)など、興味深い話も聞けたので、ぜひ最後まで読んでみてね。

司会:「まず最初に、一昨日クロスタワーホールで『ヴィドック』のシンポジウムがありました。そこで前知識としてお知りいただきたいことがございますので説明させていただきます。この作品は、ソニーが開発したHD24pという方式で撮影されています。これをデータで画像変換し、35mmフィルムで上映するというスタイルになっております。HD24pというのは、ハイビジョンによる24プログレッシヴのデジタルテープです。これは現在、ジョージ・ルーカスが『スターウォーズ/エピソード2』に用いている方式と全く同じで、ただしルーカス監督は、これをDLP方式で上映したいと希望らしいと聞いています。日本では既に岩井俊二監督が『リリイ・シュシュのすべて』でお使いになっているという話ですが、このHD24pを世界で一番最初に撮影に使用したのがピトフ監督の『ヴィドック』なのです。というのが前知識です。ではピトフ監督に、このHD24pを使った理由とその実際の行程、撮影の頭から現在までの過程などを、簡単に説明していただいて、その後で質疑応答に入らせていただきたいと思います」

●ピトフ:「コンニチワ。僕はこのHD24pというカメラを世界で一番最初に使った監督となった訳ですが、何故自分が使おうと思い立ったかといいますと、非常に純粋にアーティスティックな動機からなんです。とにかく35mmの映画では体験し得ないテクスチャー、質感、深みというものを観客の方に味わっていただきたい。側にいるような臨場感を感じられるとか、音に関しても5.1chを使うとか、画像も言うまでもなく素晴らしい質感を持った画像。いわば“印象派的映画”と自分では呼んでいるんですが、そのようにして観客がどんどん入っていける、そういった映画を是非作ってみたいと思いまして、このカメラを使用しました。この映画を作るのに3年くらいかかってます。ちょうど3年前にシナリオに着手しました。全体のスケジュールは、まずプリプロに6ヶ月、それから撮影に3ヶ月、ポストプロダクションに9ヶ月といったところです。実際の撮影に入ったのが1999年の5月、だと記憶しています。それから1年半を経て、パリでの公開が、今年(2001年)の9月19日でした」

司会:「ということは完成は8月くらいですか。パリでは公開3週間で200万人動員しています。これは一部のベッソン映画を除いてかなり破格の公開規模、動員人数と言えると思います。それでは質疑応答に……」

Q:この映画のキイになってるVFXについてお伺いします。従来お勤めになっていたデュボワ、あるいはディフとかをお使いになっていたと思うんですが、そういう既存の特撮スタジオではなく、ピトフ・ドリームチームというか、そういうオリジナルのチ−ムを作ったり、マクア・フィルムという新しい会社を使ったという理由は?

●ピトフ:「今回のチ−ム結成の理由なんですが、今回は視覚効果のデジタルのショットが800点あって、他の会社に頼むとなかなか微調整が効かないんですね、そこでなるべく自分で手づからフレキシブルに作業ができるように自分のチームを結成しました。9ヶ月間のポスト・プロダクション期間がありましたので、まずコンピュータを、G4マックやPCをたくさん買ってきて、自分のチームで手づから編集しました。またジャン・ラバス、彼には本当に作品の頭から、プリントがあがる最後まで見届けて欲しかったのです。ただし今回登場するアルシミストの鏡面マスクというのが、非常に特殊な技術、3D技術を要するので、スペシャリストが必要でした。そこで友人の会社であるマクア・フィルムに依頼をした、という経緯になります」

司会:「今名前の挙がったジャン・ラバス、彼はこの映画のプロダクション・デザイナーを務めております。一応プレス資料のラストにURLが載っています(www.vidocq-lefilm.com)が、ここにはメイキングや、先程申し上げたような製作過程も紹介されていますので、是非ご覧下さい」

Q:すごくもう視覚的に素晴らしい革新的なものなのは間違いないのですが、もしかしたら自分が古い人間かも知れないんですけど、テクニックや視覚効果以外の面では、自分の息子が家でやっているようなビデオゲーム的な印象を受けました。そういった印象は、意図的にやっておられるのでしょうか?

●ピトフ:「もともと自分も非常にゲームにインスパイアされたところがあります。今回は19世紀を題材とした映画ではあるんですけれども、それだけを描くつもり------つまり歴史劇映画を撮るつもりはまったくなかったんです。ただ19世紀がベースの作品であることは間違いない作品ですが。インスピレーションとしては19世紀の画家であるギュスターフ・モローに非常に影響を受けています。彼の絵の視覚的な性質、そして彼の見た19世紀という時代の、彼の見たある種SF的な、ファンタスティックなヴィジョンというものにインスパイアされたというのが根底にあります。

それから、ある日、自分の息子が、当時12歳だったんですが、ふと見るとTVゲーム『トゥームレイダー』をやっている。それを見ている時に、凄く面白いなあ、まるで映画的を見てるみたいだという印象を受けました。これってカメラの動きもキャラクターの動きも映画だな、と。自分の息子がまるでその映画の監督のように見えたんです。そこでゲームに近い映画について思いを馳せてみましたところ、ゲームを映画にするっていうアイデアはつまらないんですが、ゲームというコンセプトに近い、あるいはヴィデオ・ゲームと映画の間にあるような映画を作れないか?っていうのが、自分の中に確かにありました。それとは別に、時代的視点でいいますと、18世紀の人間が19世紀を想像したような気持ちで作りつつ、作り手は21世紀の視点を持っていますから、その視点も踏まえつつ作れればいいな、と思いました。ちょっとゲームの話に戻るんですが、ゲーム自体が、『トゥームレイダーズ』しかりですが、主人公が何かの目的に向かっていく、そこで探究を重ねるという“クエストもの”が多い。この『ヴィドック』に関しても、エチエンヌという青年が殺人鬼を追うという筋立てですので、非常にヴィデオ・ゲームに近しいな、という印象を受けました。今回は時間と予算がなくてできなかったんですが、将来的にはゲームの予告編となるような映画というのも作ってみたいな、と思いますし、また映画から発生するゲーム、映画そのままをゲームにするのではなくて、また違う第2の未来を示唆する別の映画のようなゲームを作れれば面白いんじゃないかなと思います」

Q:先程の質問には内容的に物足りないってニュアンスがあったようにも思うんですが、某登場人物の正体が明かされた後、その人物の心の葛藤を描くという演出は最初からなかったんでしょうか?

●ピトフ:「今回、ストーリーを非常にシンプルにしたいという気持ちがありました。一緒に脚本を執筆したジャン=クリストフ・グランジェといろいろ話をしまして。最初はアルシミストの設定、彼はどこから来たのかを考えるべきなのかなあ、と相談しあったんですが、いや、やっぱりシンプルにしようと。つまり例えばヴァンパイア、吸血鬼みたいなキャラクターの場合、みなさんよくご知っていると思いますが、じゃあ吸血鬼がどこから来たのか、この先どうあるのかは、あまり気になることではないですよね。だからヴァンパイアみたいな扱いをしようということで、こういった描き方にしようと思いました」

Q:『ヴィドック』の映画化のオファーを受けた時、すぐに正史、本当のヴィドックの実像ではなく、彼をモチーフにしたフィクションの方を映画にしようと思ったのは何故ですか?

●ピトフ:「はじめにこの話をいただいた時には、やはり自分が最初に撮る映画として時代物はどうなのかな、という気持ちは正直ありました。で、最初の脚本をいただいて読んでみたら、とにかくヤラれてしまいました。ストーリーにも、そのフラッシュバック構造、現実の時間の混濁する感じとかにも……。それから舞台となる時代は19世紀でありつつも非常に未来的な感触を得ました。そしておっしゃったようにヴィドックというキャラクター、フランスでは非常によく知られている人物で、70年代にはTVのシリーズになって活躍しています。フランスの『バットマン』、『スーパーマン』といえるキャラクターで、自分が子供の頃に非常に憧れた頃もあったんですが、何故か映画に登場したことがなかったんです。そういった所もありまして、ぜひモダンな描き方でこのスーパーヒ−ローを描けたらなあ、という気持ちになって、この映画への参加を決めたのです」

Q:作品の最後は、何か続編を匂わすような終わり方にも思えるんですが、これは続編の予定はあるんでしょうか?

●ピトフ:「(笑って)ノー。最後をああいう終わり方に決めたのは、違う映画、続編に続く、といった印象を残したかったのではなくて、この不気味な錬金術師(アルシミスト)の伝説は続く……もしかしたら今日もまだ生きていて、この東京にもいるかも知れない……と、そういった示唆をしたかったので、ああいう終わり方を選んだんです。先程ちょっとゲームの話も出ましたけれども、例えばもしかしたらこの後に続くのはゲームで、なのかもしれません」

Q:主人公的なキャラクター、伝記作家志望の青年エチエンヌの役にギョーム・カネさんを選んだのは何故ですか?

●ピトフ:「ファーストチョイスの段階で、彼に是非!と決めていたんですけれども、やはり、どこか天使的な佇まいで、誰がどう見たってイイヤツで、きっと……(敢えて伏せます)だなと思わせる雰囲気を買って彼にお願いしました」

Q:世界で初めてHD24pカメラを使った印象を。それから次回作は? 今度は「世界で初めて」何をやろうと思われますか?

●ピトフ:「次に何を“世界で初めてやれるか?”についてはちょっとわからないんですが、次の映画にはならないかも知れないんですが、その次の作品で是非やってみたいのは、空を飛ぶ飛行機を題材にした作品を撮りたいと思っています。自分自身、パイロットでもあるので、飛行のアート、飛ぶことのアート、空のファンタジーを題材にして何か撮ってみたいと思っています。その中で何か“世界初”というものができれば、是非実現したいな、とは思っています。それからHD24Pカメラを使った印象なんですけれども、最初は、機材がなかなか全部揃っていなかったこともありまして、もう10年、20年前の撮影現場のような状態で。プレイバックはできないし、諸々の問題はたくさんあったんですけれども、撮影3週目に入った頃から機材も全部揃いまして、もういたって普通の撮影現場と何ら変わりのないカタチで撮影を行うことができました。このカメラを使用する時に気をつけたことのひとつは、まず役者さんの環境を整えることでした。彼らが非常にリラックスして、普通の気持ちで望み通りの演技ができるようにしたかったので、例えばブルースクリーンなどはなるべくセットに置かないようにしましたし、またカメラの設置などで時間をとって役者を待たせて、気持ちを落ち着かなくさせるのは非常に嫌だったので、とにかくなるべくステディカムとハンディカム(手持ち)カメラで撮影をして、なるべく役者が現場に入ってすぐに演技ができるように心がけて、常に一歩先を行くような気持ちで、現場では動き回っていました。それだけにこのテクノロジーに助けられたと言えるとは思うんですけど、特にこのHD24Pを使って非常に良かったことのひとつは、リロードする時間が40分、連続で撮影できるということがありましたので、いちいちカメラをリロードするために中断することがなかったことですね。もちろん撮影をする時間というのは、監督にとっては“役者さんに与えたい時間”と思っていますので、この時間短縮は、自分の存在は彼らのためにある、という近しい気持ちで作っていけた、これは非常に良かったと思います。そしてポスプロの段階もですが、役者以外の撮影に割く労力が、役者の撮影と同じ割合になるように最初から決めていました」

Q:来週からジャン=ピエール・ジュネ監督の『アメリ』が日本でも公開されますが、これまで彼とコンビを組んでいたマルク・キャロさんの名前がないと思ったら、この『ヴィドック』に参加されていたので驚きました。個人的に彼らの大ファンなんですが、ジュネ&キャロ映画(『デリカテッセン』『ロスト・チルドレン』)のヴィジュアル、色彩感覚やCGの質感、センスなどと共通したセンスを、『ヴィドック』から強く感じました。もし彼らとの交流などのエピソードがあれば教えて下さい。

●ピトフ:「今おっしゃった二人とも、僕も大ファンで、15年来の大親友でもあります。マルク・キャロに至っては、自分の仲人さんをやってもらったくらいの仲です(笑)。ジュネに関しては『エイリアン4』をハリウッドで撮った時に、セカンド・ユニットの監督を任されました。スタッフでは唯一のフランス人として単身乗り込んでいって、自分の部下として数十人のアメリカ人を従えるということになったんですが、非常にいい経験をさせていただきました。もうこれができたんだからフランスでもきっと映画を撮ることができるな、と自信を持たせてくれたのは、ジュネのおかげかな、と思います。マルク・キャロも、その視覚的才能というのは天才的な人なんですね。この作品を作るに当たっても本当に関わって欲しいと思いまして、脚本を執筆する段階で、とにかく実在の役者さんの顔を思い浮かべながら書く、というのをやりたくなかったんですね。で、どうしたかと言いますと、キャロにお願いして、『19世紀の人間の顔で僕は描きたいんだ、その時代の人物をキャスティングしてくれないか』と頼んだんです。彼は実際の当時の絵画、ドローイングなどからインスパイアされた、19世紀の顔の人間をキャスティングしてくれたんです。その彼が描いてくれたものをベースに脚本を書き、またその絵をベースにジェラール・ドパルデューなどをキャスティングしていったのです。キャラクターの顔のみならず衣装に関してもマルク・キャロの力が大きくて、例えばヴィドックが皮のジャケット---当時では非常に珍しかったんですが---を着ている、というのもキャロのアイデアだったり、警視総監ロートレンヌというキャラについて、頭がハゲてるので帽子を被せよう、なんて会話をしながら創造したんです。そういったカタチで今回のキャラクター作りに参加していただいたのです」

Q:今の質問で出てきた作品も含めて、最近、ビジュアル表現にほとんどオブセッショナルなまでに凝った、こだわった作品が増えているように思います。そういった傾向のある作家のひとりとして、この現象はどう考えられますか? 当然のことと思われているのか、そうではないより演劇的な、ナイーブな作品は御自身ではあまりにユルくて観ていられない、とか許せない、とか……。どんな感想をお持ちなのか、お聞かせ下さい。もうひとつ、監督名についてなんですが、このお名前はどういう謂われがあるのでしょうか? 本名はプレスにも書いてあるんですが、ということは、これはニックネームなのか、それとも屋号のようなものなんでしょうか?

●ピトフ:「二つ目の質問から。あまり面白い話じゃなくて、ちょっとバカっぽくて恥ずかしいんですが……。本名はジャン=クリストフ・コマールというんですけれども、子供の頃、従兄弟達がプチ・ジャン=クリストフと呼んでいたんですね。それが短くなって、気がついたらピトフになっていたんです(笑)。それで映画業界に入った時に、30-40年代のフランス映画のスタッフ・ロールを見ますと、結構ニックネーム、あだ名をクレジットに入れている人が多いのに気づいたんで、そういうのも面白いな、と思って“ピトフ”というのをクレジットに載せることに決めました。実際のところ、道を歩いていて誰かに“ジャン・クリストフ”と言われても、僕の名前だという認識が全くないので、振り返ったりもしないんですけど……(笑)。それから最初のヴィジュアル的に凝った映画についての質問なんですが……。個人的には子供の頃から、ああいう視覚的な映画に惹かれる傾向は凄くあります。で、例えば40-50年代のヒッチコックやオーソン・ウェルズが作っていた作品というのは、どこかそういう“特別な”傾向があったと思うんですね。それが60年代の初め頃から非常にリアリスティックな映画が作られ始めて、自分はそういう映画はあまり好きな映画ではないんですね。どちらかというとそういったものはニュース、つまりTVで見るものという認識が自分の中にあります。観客として映画を観る場合も、やっぱり非常にリアリスティックなものよりも、自分が今いるリアル、このリアルとは違うリアルを見せてくれる映画なり脚本がとても好きです。ですから自分が作るものも、そういった傾向があると思います。やっぱりTVで日常的に観ているものとは違う作品を作りたい、それからそういったヴィジュアル表現が好きである------こういうことの結果が自分の映画作りの傾向として出てしまうんじゃないでしょうか? 絵画の世界で言えば、まず具象を描くことが非常に重要だった時期があり、それから印象派が出てきて、やがて抽象的な絵画が描かれるようになりました。映画ももしかしたら、将来的には抽象的な映画というのが作られる日が来るのかも知れません。自分としても是非、抽象的な映画を撮ってみたいと思います」

司会:では最後に観客へのメッセージを。

「みなさん、ありがとうございます。この映画は自分にとって本当にエンターティンメントだな、と思っていますので、みなさんも僕と同じくらいエンジョイしていただければ、と思っております。今日はたくさんご来場いただいて、本当にありがとうございました」(拍手)

→『ヴィドック』レビュー

Text: 梶浦秀麿


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