[ビューティフル・マインド] A BEAUTIFUL MIND
2002年3月30日より日比谷スカラ座1他、全国東宝洋画系にて公開

監督:ロン・ハワード/原作:シルビア・ネイサー(新潮社)/脚本:アキバ・ゴールズマン/主題歌:シャルロット・チャーチ「オール・ラヴ・キャン・ビー〜奇跡の愛」/出演:ラッセル・クロウ、ジェニファー・コネリー、エド・ハリス、ポール・ベタニー、ビビアン・カードーン、ジョシュ・ルーカス、ジャド・ハーシュ、アダム・ゴールドバーグ、アンソニー・ラップ、クリストファー・プラマー他 (2001年/アメリカ/2時間16分/配給:UIP)

→ラッセル・クロウ記者会見レポート
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原作:「ビュ-ティフル・マインド 天才数学者の絶望と奇跡」 icon
シルヴィア・ナサ−著、塩川優訳
※boople.comにて購入できます。
1947年9月。若きエリート達が集うプリンストン大学大学院の数学科の入学式の風景。新入生を前に教授は「暗号解読技術や原子爆弾を生んだ数学こそが、大戦に勝利をもたらした」と“アメリカにとって有益な”数学研究を奨励する訓辞を贈る。今期は優秀なカーネギー奨学生が二人いた。一人は既に論文を量産し、社交的な若者ハンセン(ジョシュ・ルーカス)、もう一人はその彼の論文に「独創性のかけらもない」とボソボソ文句をつける、人付き合いの下手なジョン・ナッシュ(ラッセル・クロウ)。このナッシュが物語の主人公だ。授業にも出ず、ナッシュは数式を窓ガラスに書き殴りながら、自らの研究に没頭する。周囲は呆れて彼の奇行を遠巻きにするばかり。ただ一人、酔いどれだが気のいいルームメイトのチャールズ(ポール・ベタニー)だけがナッシュを励ますのだった。秘かにハンセンにライバル心を燃やしながら、結局一篇の論文も提出しないままのナッシュに、指導教授ヘリンジャー(ジャド・ハーシュ)も匙を投げようとしていた。そんなある日、学生達が集まるプール・バーで、ブロンド美女を取り合う仲間達の議論からナッシュが思いついたのは、150年間も経済学の定説だったアダム・スミスの、いわゆる自由競争説を覆してしまうような独自の新説だった。後に「ナッシュ均衡」として知られるゲーム理論上の新しい功績は、彼にMIT(マサチューセッツ工科大学)ウィーラー研究所のポストをもたらす。

1953年、ナッシュは暗号解読のために国防省に呼ばれる。モスクワからの無線暗号を膨大な数列に置き換えて表示したスクリ−ンをじっと見つめ続けるナッシュ。職員が呆れるほど立ちつくした彼は、そこから特定のパタ−ンを見出し、合衆国への潜入ルートを示していると喝破してみせるのだった。その後、政府機関の諜報員パーチャー(エド・ハリス)と名乗る男に、「リモコン」など新技術の数々が導入された秘密諜報センターへ案内された彼は、右腕の皮膚下にラジウムダイオードの暗証番号を埋め込まれ、ソ連シンパの“新自由軍”が各種雑誌・新聞に隠した暗号を解く任務を与えられるのだった。雑誌の暗号に気づいたらそれを密封した封筒に入れ、ある邸宅の秘密ポストに投函するというスパイめいた仕事だ。係累がないことから彼が選ばれたらしいのだが、やがて彼は一人の女生徒と恋に落ちる。自分の研究と秘密任務に専念するため、さぼりがちな講師として授業を行っていた彼は、その聴講生アリシア(ジェニファー・コネリー)が、彼の出した難題に果敢に挑戦するのを微笑ましく思い、交際するようになったのだ。一方、大学時代の唯一の友人チャールズは、今や文転してハーバード大でD.H.ロレンスを研究していた。彼が引き取ったという姪のマーシー(ビビアン・カードーン)はナッシュのお気に入りでもあった。チャールズに「彼女ができた」と打ち明けたナッシュは、彼のアドバイスでついにアリシアに結婚を申し込む。幸せな結婚生活は、だが長くは続かなかった。アリシアが子供を身ごもった頃、既に彼は秘密任務のプレッシャーに耐えきれなくなっていた。一度など怪しい人影に跡を付けられ、危ういところをパーチャーの車に拾われてカーチェイスとなり、銃撃戦の末に撃退したこともあった。しかし降りたくてもパーチャーは許さない。周囲にちらつく人影は、ソ連側の暗殺者? それとも国防省の監視人? 妻にも秘密にしていたが、彼女も危ないかも知れない。誰にも相談できず、精神的に追い詰められてゆくナッシュは、ハーバード大学での記念講演の最中に、とうとう極限状態に陥り、演壇から逃走してしまう。だが、ここからがこの物語の本当の始まり、ナッシュとアリシアの静かで長い闘いの日々の始まりなのだった……。

天才とナントカは紙一重ってな話を地でいく実話を、映画的フィクションを交えて描いたヒューマンドラマである。この映画、あんまり説明するとネタバレになるタイプなので紹介しにくい。でも賛否はあるにせよ非常によくできていることは請け合うので、とにかくまず劇場に急ごう。なにせゴールデングローブ6部門ノミネート、うち4部門(作品賞・主演男優賞・助演女優賞・脚本賞)受賞作であり、さらにアカデミー賞も主要8部門ノミネート、この3/25(日本時間)に作品賞・監督賞・助演女優賞・脚色賞の4部門を受賞したばかりってツワモノなんだから。ゆえにあらすじは前半のみ、以下はネタバレ蛇足かもしれないので、映画を観てから読むように(笑)。

94年にノーベル経済学賞を受賞したジョン・ナッシュの伝記『ビューティフル・マインド』(新潮社)が原作なのだが、映画はちょっと驚く反則ワザな展開で観客を騙し、「えええっ」て思ってる間に徐々に感動方面へとひっぱっていくというヘンな構造。「この映画を観て泣く人と怒る人は半々じゃないか」って他人事のように心配してしまう僕なのだが、僕の場合は中盤で呆然唖然とした後、なんだかPKD=フィリップ・K・ディックのSF小説を読んだ時の感触がジワジワと湧いてきて、ひどく感慨深い気持ちになってしまったのだった。これがゴールデン・グローブやオスカー獲るってことは、アメリカはPKDのパルプSFを自らの誇るべき文化として公認したってことじゃないのか? とまで思うのはちょいツンのめり過ぎだけどさ……。昔、『ユージュアル・サスペクツ』や『羊たちの沈黙』(これはテロップのズルさ一カ所)の映画的サスペンス構造に「観客を騙す方法としてはサイテーのやり方で認められん!」と怒ったことがあったけど、その僕が「こんな騙され方なら許す」とした『シックス・センス』すら「カメラの視点が恣意的」と批判している評者(ちなみに雑誌「C-PLUS」NO.01-P63参照)もいたのだ。それ読んだ時は「キビシ過ぎ」って思ったんだけど、いわゆる「どんでん返し」タイプの脚本も『オープン・ユア・アイズ』(『バニラ・スカイ』)やら『ファイト・クラブ』やら『アンブレイカブル』やら『メメント』やら『アザーズ』やらと飽和状態の昨今。あの手この手で観客を驚かすためなら親でも売るぜってなエスカレーションを経て、ここに来て「実話」と謳いながら「実は……」と騙す(笑)という『パーフェクト・ストーム』パターンも極北に達したという感じなのである。で、本作での「どんでん返し」、僕にはヒャッとする冷水浴びせられ系のホラー映画テクに使用されるものに思えたので、ここからいわゆる感動の「闘病もの」にエモーション・チェンジさせる力ワザにビックリしたのだった。ついメルギブ&ジュリア・ロバーツ主演の『陰謀のセオリー』(あるいは『フィッシャー・キング』?)的展開を期待してさらなる「どんでん返し」が欲しくなるのだが、待て待てこれは実話だ、と心落ち着かせ、クルクル回って勝手に先を推理し始めるセコハン頭脳をなだめながら観終わってみれば、何と(一部のフェミの人が怒りそうな、男に都合のいい)「良き伴侶を得ることは男子の本懐である」というか「夢追い男に糟糠の妻」というか、「病める時も健やかなる時も」な理想の結婚像を高らかに謳う感動巨編になっているのだった。おそれいりました(ちなみに実話としては一度離婚して結婚し直したとか)。いやはや、これも作劇上のメタ映画の傑作なのかもね。ま、「冷戦(反共幻想)の犠牲者」を描いたという意味でPKD的に優れた作品と評価するべきかもしれん。あるいは『グッド・ウィル・ハンティング』『小説家を探して』(『レインマン』もか?)あたりの“疎外される天才の苦悩モノ”の極北として、身の回りの偶然の一致にパターンを見出してしまう天才肌のクリエーター全てが陥るかもしれない苦難をビビッドに映画化したものって評もありか。原作になら恐らくふさわしいと思われるタイトル「美しい魂」も、映画だとどこがやねん!ってツッコミはOKかも(ナンパから新理論を思いつくのも映画的脚色である、念のため)。どこまで脚色されてるかが気になる人は、シルビア・ネイサーのノンフィクション(新潮社)を読むように。

主演は『グラディエーター』に続くオスカー2冠ならず、でちょと悔しいかも、なラッセル・クロウ(他に『クイック&デッド』『L.A.コンフィデンシャル』『インサイダー』『プルーフ・オブ・ライフ』など)。監督はかつて『アポロ13』で9部門ノミネートながら編集・音響2部門受賞止まりだったロン・ハワード(他に『スプラッシュ』『コクーン』『ウィロー』『バックドラフト』『遙かなる大地へ』『身代金』『エドtv』など)。本作でついに作品賞・監督賞をゲット。めでたい。んで一部で物議を醸した脚色のアキバ・ゴールズマン(『評決のとき』『依頼人』など)もめでたく脚色賞受賞。そしてついに助演女優賞でオスカーに輝いたジェニファー・コネリー(『フェノミナ』『ラビリンス/魔王の迷宮』『レクイエム・フォー・ドリーム』など)。ただし個人的には彼女が演じたアリシアの描き込みは、もっとあっても良かったような気がするので想像で補うことにしよう。でも彼女がベッドでせがんで拒まれるシーンなんて結構衝撃的かもな。あと、もちろん名優エド・ハリスの諜報部員ぶり、新人ポール・ベタニーの親友ぶり(?)も、賞には絡まなかったけどいい感じだ。と、オスカーの興奮冷めやらぬ時に書くとこうなってしまうのであった。

Text:梶浦秀麿

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