[ロード・オブ・ザ・リング]
The Lord of the Rings : The Fellowship of the Ring

2002年3月2日より、丸の内ピカデリー1ほか全国松竹・東急系にて公開

監督:ピーター・ジャクソン/原作:J・R・R・トールキン『指輪物語』(評論社)/主題歌:エンヤ/出演:イライジャ・ウッド、イアン・マッケラン、ヴィゴ・モーテンセン、ショーン・ビーン、オーランド・ブルーム、ジョン・リス=デイヴィス、ショーン・アスティン、ビリー・ボイド、ドミニク・モナハン、イアン・ホルム、リヴ・タイラー、ケイト・ブランシェット、クリストファー・リー、ヒューゴ・ウィービング他(2001年/アメリカ/2時間58分/配給:日本ヘラルド映画、松竹)

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遠い遠い昔、中つ国[ミドルアース]の歴史で第三紀と呼ばれる時代の物語である。だがその前に「指輪の伝説」の由来から始めよう。かつてモンドールの冥王サウロンが、20の指輪を使って世界支配を企んだのは第二紀のこと。3つを不死の妖精族エルフの王達に、7つを地下の小人族ドワーフの王達に、9つを人間族の王達に贈り、それぞれの持ち主を不幸にし、自らの持つ「ひとつの指輪」で全ての種族を支配しようとしたのだ。それゆえ彼を「指輪の王(The Lord of the Rings)」という。人間族の9王は愚かな欲望のために幽鬼となって冥王の下僕にされた。エルフ族は賢明にも指輪を隠し、ドワーフに贈られた指輪のうち3つは冥王の元に戻り、4つは龍が焼き尽くしたという。中つ国は戦乱にまみれ、西方の大海に浮かぶ王国ヌメノールは海に沈んだ。エルフ・人間の同盟軍は果敢に冥王に立ち向かった。大決戦の末、人間族の王子イシルドゥアは父の剣で、冥王サウロンの指輪をはめた指ごと切り落とす。こうして「自由を愛する種族達の敵」サウロンは消滅、「ひとつの指輪」はイシルドゥアの手に渡り、第二紀は終わった。だが第三紀の初め、指輪はイシルドゥアを裏切り、死をもたらすことになる。その2500年後、アンドゥインの大河に沈んでいて行方知れずだった指輪は、ふとしたことで新しい持ち主ゴラムを得、彼に500年という長寿を与えた。すでに“闇の森”に不吉な影が差し、何か悪しきものが再び現れようとしていた。やがて洞窟に潜んで暮らし、暗い情熱を育て続けたゴラムもまた指輪に見捨てられる。次の持ち主は、指輪に似つかわしくない穏やかで自然を愛する小人、ホビット族のビルボ・バキンズ(イアン・ホルム)だった。そして60年後、後に「指輪大戦」と称される大いなる闘いの発端となる出来事が、まず「指輪の旅の仲間」の物語として開幕する。

平和な村シャイア(ホビット庄)に、魔法使いのガンダルフ(イアン・マッケラン)が訪れた。旧友ビルボ・バギンズの111歳の誕生日を祝うパーティに出席するためだ。ビルボが父替わりとなって育てたフロド・バギンズ(イライジャ・ウッド)も彼の来訪に喜んでいた。だが盛大な祝宴のクライマックスにスピーチに立ったビルボは、唐突に旅立ちと別れを告げて、突然皆の前から掻き消すよう消えてしまう。驚く人々を尻目にこっそり家に旅支度に戻るビルボを、ガンダルフは待ち構えて諫める----「指輪の力を使うなと言っただろう!」。そう、指輪をはめると姿を消すことができるのだ。持つだけで長寿を得ることもできる。だがその魔力は持ち主に悪心を育て、冥王を呼び寄せる危険なものだった。所有の欲望に負けそうになりながら、なんとか指輪をフロドに託し、旅立つビルボ。ガンダルフは指輪の真の秘密を調査して、フロドのもとへ戻ってくる。言いつけを守って隠してあった指輪は、ガンダルフでさえ直には触れられないものだが、フロドは何故か大丈夫のようだ。「ひとつの指輪はすべてを統べ、ひとつの指輪はすべてを見つけ、ひとつの指輪はすべてを捕らえ、暗闇の中につなぎとめる」----サウロンの指輪の秘密を話すガンダルフは、すぐに村を出るようにとフロドに指示する。指輪の以前の保持者ゴラムが冥王に捕まり、「シャイアのバギンズ」に奪われたと白状したらしいのだ。ガンダルフの方は、師と仰ぐ白の賢者サルマン(クリストファー・リー)に助言を求めにゆく。フロドは庭師である親友サム(ショーン・アスティン)と村を出、途中で一緒になったいたずら者のメリー(ドミニク・モナハン)とピピン(ビリー・ボイド)も連れて、ガンダルフと落ち合うことを約束したブリー村に向かう。だがガンダルフは来ない。アイゼンガルドの白のサルマンは何と冥王に寝返り、彼を石の塔オルサンクの頂上に幽閉してしまったのだ。酒場で待つうちにうっかり指輪の力を使ってしまったフロドは、影の世界から現実を見、そこで琥珀に縦の瞳を持つ“目”に見据えられることになる。居場所に気づいた冥王の手下、黒の乗り手(別名:指輪の幽鬼[ナズグル]or九人勢[ザ・ナイン])が迫る。フロド達は酒場で出会った「さすらい人(野伏)[レンジャー]」の韋駄天[ストライダー]ことアラゴルン(ヴィゴ・モーテンセン)の機転によって助けられ、ひとまずエルフの国に向かうことになる。だが途中休息をとった砦跡、アモン・スール(風見が丘)の見張り塔で追いつめられて戦闘となり、フロドは左肩を負傷、瀕死の状態に陥る。そこにエルフの王女、アルウェン(リヴ・タイラー)が現れた。アラゴルンとは浅からぬ仲らしく、心配して迎えに来たのだ。フロドを乗せて白馬を疾駆させるアルウェンは、エルフの国に接する浅瀬で、なんとか黒の乗り手を撃退するのだった。

エルフの霊薬と秘術、そしてサムの献身的な看病によって一命をとりとめたフロド。ガンダルフも大鷲の王グワイヒア(風早彦)の助けで脱出し、ここエルフの領土、裂け谷の「最後の憩い」の館にやってきていた。館の主人は、かつて人間族のイシルドゥアと共にサウロンと闘ったエルフ側の勇者エルロンド(ヒューゴ・ウィービング)だ。彼は中つ国の危機に対し、主だった種族の代表者を召集して会議を開く。指輪の力は戦力にもなるが、これがある限り冥王サウロンの魂は消滅しない。だが指輪を破壊する唯一の方法は、それが鍛えられた火山「滅びの山」の亀裂に投げ込むしかない。そこは敵地モルドールのただ中にあった……。折しも裏切り者サルマンは人間と悪鬼オークを掛け合わせてウルク=ハイを創り、その凶悪な軍団をこちらに向けつつあった。エルフとしては指輪はどこかへやりたい。指輪があるのもかつてそれを捨てなかった人間のせいだ……。指輪をめぐり紛糾する会議の中、フロドは「自分が指輪を捨てに行く」と志願する。一堂も彼に賭け、同行者が選抜された。リーダーは魔法使い灰色のガンダルフ。そしてエルフ族の美丈夫レゴラス(オーランド・ブルーム)、頑固者だが実は情にもろいドワーフ族のギムリ(ジョン・リス=デイヴィス)が二種族を代表する。人間族からは南方王国の復興を夢見るボロミア(ショーン・ビーン)と韋駄天アラゴルンの二人。実はアラゴルンは指輪に目がくらんで死んだイシルドゥアの王座を継ぐ者であり、自らも指輪の罠にはまるのを恐れ悩み、世界を放浪していたのだった。もちろんサム、ピピン、メリーもついていくと主張。こうして9人の「旅の仲間」が出発する。サルマンの魔術が行く手を阻み、クラーケンに襲われ、かつてドワーフ族の領土だった地下迷宮「モリアの洞窟」ルートを余儀なくされる一行。と、背格好がホビット族に似た怪しい影が彼らをこっそり尾行する。ゴラムだ。冥王から逃げたのか、使い魔となったのか? と、一行を、かつてモリアのドワーフ族を壊滅させた小鬼オークの大群やトロルが襲い、さらに地の底で目覚めた太古の魔獣バルログが迫る。地上への道にかかるカザド=ドゥムの橋で、炎をたてがみに火の鞭を操る牛頭人身の巨人バルログと死闘を繰り広げたガンダルフは、ついに魔獣とともに奈落の底へ……。だが哀しみに打ちひしがれている時間はない。後を託されたアラゴルンを先頭にロリアンの森[ロスロリアン]に辿り着いた一行は、エルフの女王、ガラドリエルの奥方(ケイト・ブランシェット)の歓待を受ける。彼女は過去、現在、未来を映しだす不思議な水鏡をフロドに覗かせた上で、彼に助言を与える。彼が指輪に選ばれた者であること、そしてホビットのように小さな存在であろうとも、未来を変える力を持っていること、そして奥方自身さえ惑わす指輪の誘惑は疑心暗鬼を生み、仲間を一人一人分裂させるような危険があること……。フロド達はアンドゥインの大河を下って旅を続け、アラゴナスの石像[王達の柱]を越え、ラウロスの大瀑布の手前で一泊する。ここから先はモンドールの領域だ。まっすぐ東の「滅びの山」へ向かうか、人間の国ゴンドールに立ち寄って増援を頼るか、それとも……。と、ボロミアが指輪の魔力にとりつかれて我を失い、フロドに指輪を渡せと迫る。この不信は仲間の分裂を意味し、だが信じられるか疑い続けるのはホビットの性分ではない。「指輪保持者」フロドは自ら運命の決断をしなければならない。そこを「指輪を持つホビットをさらってこい」とサルマンに命じられたウルク=ハイ率いる魔軍が急襲! 混乱の中、指輪の仲間達それぞれの命運は急転することになる……。

思わず先行ロードショーに走ってしまった。映画雑誌も総合情報誌も、どれも『ロード・オブ・ザ・リング』一色、関連本もラッシュで(つい河出書房新社の『指輪物語完全ガイド』を買ってしまった。コレ、地図が類書中一番すっきりわかりやすくキレイで、しかもたくさん載ってるのだ)、SFファンタジー好きや幻想文学ファンも大騒ぎしてるって雰囲気にアテられて、何がなんでも観なきゃって気分になっちゃったのだ。いやあ凄い。ハイ・ファンタジーの古典『指輪物語』3部作の、完全劇場映画化プロジェクトがついに開幕したんだから感慨もひとしおだ。その豪華なキャストも凄いのだが、とにかくまず景色がいい(笑)。雄大な物語世界のスケールをきちんと気合いを入れて再現しているのだ。うるさ型の『指輪』ファンでも、このディテールまで凝った作り込みの丁寧さに嬉しくなるはず。そして3時間の長さを感じさせないアクション満載の語り口も水準以上。原作ののんびり感が無いと嘆くムキもあるようだが、これは文学作品のダイジェスト映画化には仕方ないところもある(『シッピング・ニュース』でも書いたけど)。いかに原作のエッセンスの中から映像化可能な部分を抽出し、原作のスピリッツはしっかり咀嚼しつつ、さらに映画ならではの魅力をつけくわえられるかが問題なので、その点では「よくここまでやった」とホメてあげたい。

なにせ監督のピーター・ジャクソンって、深夜TV「虎ノ門」の蛭子さんのビデオコーナーでも失笑を買ったバカ・スプラッタ映画『ブレインデッド』(92)の監督なのだ。同作はぴあ関東版3/4号の柳下毅一郎「激殺!映画ザンマイ」でも絶賛(笑)されている。いや『乙女の祈り』(94)とか『さまよう魂たち』(96)なんてマトモな近作もあるんだけど、言ってみればオタク映画ファンに「ピージャク」呼ばわりされてるカルト作家が、ここまでやるなんて!ってな意外な祝賀ムードがアチコチで漂ってるのだ。3部作全部の実写部分をニュージーランドでの長期ロケで一気に撮影したってのも偉い。ラルフ・バクシ版『指輪物語』(78→日本公開79年)が前後編の予定で作られながら、未完成な前編のみで終わってるというのは『指輪』ファンの長年のトラウマ、忌まわしい記憶(笑)なのだが、今回はひとまず安心、そーゆー心配をしなくていいのだ。『スター・ウォーズ』がやろうとし、『マトリックス2&3』が今試み中だと思うのだけど、2作以上同時撮影ってのは、いくつかの記事によると前代未聞らしい。世知辛いハリウッド・ビジネスのギョーカイ話としても、実に心温まるシリーズ戦略だと思うのだった。とにかく来年・再来年の春休みシーズンが楽しみで待ちきれないほどのデキなのは確か。「ピージャク、続きも頑張れよ!」と応援エールを贈っておこう。

さて。ラルフ・バクシ版では赤バックの影絵だった冒頭の「指輪の伝説」パートだが、これが本作ではイマジナブルに実写化され、両陣営大決戦の場面はまるで『ハムナプトラ2』、開巻すぐに興奮と期待を呼ぶ。その後に続くホビット村の描写もいい。芝生で覆われた半地下式のビルボの家って、こう実写で観ると古代のバイキング遺跡を復元した家のようでもあり、SF漫画家の士郎正宗が好みそうなエコロジー建築でもあるのにニヤニヤしてしまった。夜の誕生日の宴会シーンも、うっかり「よくある中世風の野外パーティかぁ」と舐めてかかってたら、変わり種花火の美しさ愉しさに、ちょっと意外な驚きがあった。これも映画ならではの魅力。とにかく「見たことのないモノが見たい」って観客の欲望を充分わかった上でのニクい演出が随所にあるのだ。また「『ゴールデン・ボーイ』のナチの生き残りこと『Xメン』の悪の首領マグニートー、イアン・マッケランが演じる灰色のガンダルフVS『吸血鬼ドラキュラ』のクリストファー・リー演じる白のサルマン」という老優・格闘アクション対決も凄い。老人力バクハツの迫力あるシーンに「そうかぁ魔法使い同士の闘いって、こうじゃなくちゃね」とヘンな納得の仕方をしてしまったりもした。イライジャ・ウッド(『アイス・ストーム』『ディ−プ・インパクト』『パラサイト』など)らホビット族の「足デカ小人」って特殊メイク&撮影法もさりげなくて格好いい。アップだと普通の人に見えるのに、ふと人間やエルフの横にいるとちゃんと設定通り小さいことに時折ビックリするってのも、この映画の不思議な魅力のひとつだ(どうやって撮ったのか気になる)。またロリアンの森の奥方ケイト・ブランシェット(『エリザベス』『バンディッツ』『シッピング・ニュース』など)、裂け谷の王女リブ・タイラー(『アルマゲドン』『クッキー・フォーチュン』『ジュエルに気をつけろ!』など)の二大女優も、思ったより存在感のある登場でなかなかグーだった。ちなみに美形代表のエルフ戦士レゴラスを演じるオーランド・ブルームは、あの鴻上尚史がイギリス演劇留学した時のクラスメイトだとか……大抜擢なのね(SPA!3/5号「ドン・キホーテのピアス」参照)。あ、もちろんラルフ・バクシ版でぶっさいくなゴツゴツ顔だったアラゴルン役を、『ダイヤルM』のヴィゴ・モーテンセンが渋く演じているので、女性の『指輪』ファンも安心ってとこかな。そうそう、フロドが指輪の力を使って消えた時の、影の世界からの見たヴィジュアル効果の怖さは、原作ファンも驚くはずの優れた解釈だと思うのだった。やっぱピージャク偉い!

ちなみに全米ランキングでは4週連続第1位の快挙を遂げ、第74回アカデミー賞では作品賞を含む最多13部門もノミネートされている(授賞式は3月24日。ちなみにラッセル・クロウ主演の『ビューティフル・マインド』は8部門、ロバート・アルトマン『Gosford Park』と日本公開済みの『ムーラン・ルージュ』が7部門、『In The Bedroom』が5部門でノミネートされた)。

さて、ホメ過ぎかもしれんので難点もひとつ。フロドの性格描写が乏しいのでクライマックス感がないのがちょっと気になったのだ。続き物とはいえ一応独立した一本として観るなら、最後の葛藤や決断をもっとしっかり際立たせて描いて欲しかった。でもこれは原作自体の問題かもしれない。トールキンはそんなに巧い作家じゃないのだ。『ホビット』と『指輪』の整合性に苦心した末に誤魔化したり、構想が膨らむにつれキャラの性格も変わっちゃったりしているのだし。世界中の神話・宗教・伝説をリミックスして完璧な異世界を創造するには、オクスフォードの偉い学者とはいえ愚図だしキャパがなかったとも言えるのだ(エリアーデもレヴィ=ストロースも、フェミニズムも知らない創作神話=偽史ってのに時代的限界を感じる)。だから「20世紀文学の最高峰」とか宣伝しているのを見るとちょっとヤな感じになる。もちろん『ハリポタ』なんてもっと格が落ちるかもだけど、こうして上質の映画化によって原作の持つ欠陥(西欧中心観とかね)自体も露わになるってのが、どちらにも見えて面白いと思うのだった。ちょっとだけ具体的に見てみよう。ホビットはアイヌのコロボックル(日本神話のヒルコ、スクナヒコナの翁童神系列とも)を想起させて親しみも湧くけど、オーク鬼とかってのは結局、まつろわぬ蛮族、つまり北米インディアン(黄色人種?)やオリエントの異教徒達のイメージが識域下にありそうだし、善いものは白く、悪者は黒いって象徴表現も差別論的には微妙なところ。もともとオリエント発祥の西洋三大宗教(ユダヤ・キリスト・イスラム教)に対して、それ以前のヨーロッパの精神的原郷をケルト・北欧神話や土着信仰・伝説に求め、それこそが真の自民族のものだってな発想が根本にあるのだと思われる。ゆえにかつてはインクリングス(灰聞会)の仲間だったC・S・ルイスと、キリスト教色の濃い『ナルニア国物語』を書いたことで不仲になったという説も出てくるのだった。

なお姿を消す指輪は、僕はプラトン『国家』の「ギュゲスの指輪」が典拠だと思うんだけど、最近、柄谷行人の「自分を無の位置に置いての批判方法=不敗の言説」に対して、竹田青嗣が「ギュゲス的性格」(『言語的思考へ』より)なんて言ってたのを読んで面白く思ったのだった。「姿を消せる能力」の喩え話を考察することは、(聖書由来のメトセラから『指輪』のエルフ族にも繋がる)「もし不死だったら」という思考実験同様、ちょっとばかし深いものなのかもしれない。ここはトールキンの直感を見直すところ。あと、バルログはギリシャ神話におけるテュポン(ギガントマキア=神々の最終戦争における最後の無敵の怪物)に相当すると思うんだけど、映画では炎の角があるミノタウロスに見えてしまった(目の錯覚?)のでちょい驚いた。ヨーロッパの古代信仰の根に、天体信仰と並行して「牛」信仰があるので、この原作にない解釈もちょっと凄いかもしれない(見間違いだったらゴメン)。……と『指輪』をネタに神話学とか宗教民族学みたいなのが流行れば面白いのにな、とつらつら考える僕であった。でもこうなると『オズの魔法使い』全14巻とか『ナルニア』全6巻とか『ゲド戦記』4部作とか『グイン・サーガ』全100巻(以上?)とかの映画化なんてのも将来視野に入ってくるのかもなあ(笑)。『デューン/砂の惑星』の続きも観たいしね。と、ここらへんはもう既に余談なのであった。

余談ついでに、児童文学の出版形態へ小言を言っておこう。僕は『指輪物語』は評論社文庫の旧版全6巻(原著の意図通りの巻組み)で読んだけど、トールキン生誕百周年記念の92年に出た新版文庫は字が大きくて読みやすいけど9巻にもなり、しかも旧版文庫では妙訳ながら入っていた<追補篇>がない。単行本の別巻立ててで出したまま文庫化してないのだ。今のファンは別巻だけ大きなサイズで読むしかない(単行本で揃える手もあるが、映画にも協力してるアラン・リーの挿絵があるのは愛蔵版のみだし、なんか「ファンなら全部揃えろ」って言われてるみたい)。どうも児童文学出版ビジネスのダークな気配を感じるのは僕だけだろうか。82年に翻訳の出た中つ国神話『シルマリルの物語(シルマリリオン)』もいつまでも文庫にならんし。映画化の完結までまだ2年あるので、できればそれまでに<追補篇>にオマケもつけて文庫化っての、やって欲しいなあ…と切に希望するのであった。あと『指輪物語』の前日譚にあたる『ホビットの冒険』が岩波少年文庫から、その詳注つき新訳版は原書房から、と出版社や版型が分かれてるのも何かヤな感じだ。『指輪』の続編の草稿も入った「中つ国の歴史」全集12巻もまだ未訳だし、アメリカで放映されたTVアニメ版の『ホビット』と『王の帰還』も日本未公開(ここら辺の詳細ガイドは河出書房新社『指輪物語完全ガイド』参照)。ファンにとっては、今回大ブームでも起こって、ここらへんの事態の改善がなされることがなにより嬉しいと思うのだけど……。ま、貧乏人は古本屋で旧版の6巻本文庫を探すと、もっともコンパクトに『指輪』を知ることができるとだけは言っておこう。以上。はースッキリした。

Text:梶浦秀麿

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