[甘い嘘] EN FACE
2002年9月21日よりbunkamuraル・シネマにて公開

監督:マティアス・ルドゥー/脚本:ヴァレリー・ギニャボデ/出演:ジャン=ユーグ・アングラード、クロチルド・クロー、ジャン・バンギーギ、クリスティーヌ・ボワッソン、ジョセ・ガルシア、ダニエル・ルブラン、エマニュエル・サランジェ他
(1999 年/フランス/1時間34分/提供:コムストック、ポニー・キャニオン/配給:コムストック)

【STORY】
小雪降るパリのモンマルトル。今ちょうど葬儀が行われている豪邸の向かいにある、古いアパルトメンに住む結婚7年目の夫婦、ジャン(ジャン=ユーグ・アングラード)・ドルセと妻ミシェル(クロチルド・クロー)------飼い犬のソクラテスと貧しいながらも幸せに暮らす二人が、この物語の主人公だ。ジャンは昨年、小説家デビューを果たしたが次作がなかなか書けず、妻の花屋のバイトで生計を建てていた。出版社のアンリ・ド・ヴィアール(ジャン・バンギーギ)に向こう3作分の前払い金をもらったジャンは、親友のユゴー(ジョセ・ガルシア)と不動産物件を見て回る。家賃滞納と飼い犬の件でアパルトメントを追い出される予定なのだ。ジャンは普通の就職も考えていた。だが思わぬ朗報が届く。亡くなった向かいの豪邸の主、ジャン=ユーグ・ギメ氏の公証人がやってきて、ギメ氏の屋敷と遺産が二人に譲られることになったと告げたのだ。会ったこともないはずだが、貧しいが仲のいい夫婦だと知っていたらしく、「若さと愛を讃えて」譲渡すると遺言を残したらしい。ただし条件が二つ。各部屋にある書類なども含めた屋敷と遺産は10年間は他人に譲るったり破棄することができないということ、そして15年ギメ氏に仕えてきた使用人のクレマンス(クリスティーヌ・ボワッソン)を引き続いて雇うこと。「嘘みたい!」と驚きながらも、嬉々として引越した二人だが、やがてクレマンスの不審な態度に、徐々に苛立たされてゆく。また遺品や隠し部屋から推測される、一代で富を築いたギメ氏の謎めいた私生活も次第に明らかになってゆき、遺言が言葉通りの意図から発せられたものではないのでは?という疑いが生じる。ジャンはギメ氏の生涯を小説にしようと調査を始めるが、ミシェルは何かが気がかりのようで表情が暗い。ギメ氏の知り合いだという年配の赤いドレスの女性(ダニエル・ルブラン)も何かを知ってるらしい。富豪の死に疑惑を抱いた刑事(エマニュエル・サランジェ)も訪ねてきて、この奇妙な遺産譲渡話が、何かの陰謀のようにも思えてくる。そしてついにジャンとミシェルを襲う衝撃の事実----それは……。


【REVIEW】
ラブ・サスペンス映画の秀作である。中盤、ジャンが書こうとした伝記小説のタイトルとして出てくる『愛は存在しない』というキイワード----その言葉の是非をめぐって展開するスリリングな「恋愛論」ってのが本作のテーマなのだ。突然ころがりこんだ遺産話に喜ぶカップルが、女中の不審な行動や、ギメ氏の遺した書簡、写真、ビデオなどによって、思いも寄らぬ疑惑の渦に巻き込まれてしまう事態。映画はそれを、実にサスペンスフルに観客に徐々に提示しつつ、愛のために為されたことが愛を否定することになるのかどうか、を問う。そして愛の不在を確信するに至った老人の企みを、その生い立ちから描き出しつつ、スクリーンに一度も登場しない男の存在感を、不気味にあぶり出すのである。ハリウッド映画の影響を受けたフランス映画ってな最近の風潮の中にある作品なんだけど、途中まではグイグイ引き寄せられた。中盤、ちょっと気がゆるむ感じ(物語をどういう方向に持っていこうか微かに途方に暮れる感覚)があって、そこが僕には気に入らないんだけど、なんとか衝撃のラスト(!)にまとめ上げたってのは、腐ってもアメリカ映画派としては、まあ許せるかな。でもクライマックスの殴り殺し合うかのような愛情表現(内緒)は僕には理解できないんだけど……。こういうアクション・シーンめいた「愛」ってのも、あるのかなあって感じ。道具立てがなかなか官能的なので、チグハグ感もあるのだけど、単に難解な観念的方向へ突き進まなかっただけ、偉いのかも。何が嘘なのかもわからなくなる目眩のする感じを堪能しつつ、ラストのある人物の台詞自体も、疑ってかかる観方をすると、この映画を深く味わえるかも知れない、とだけ言っておこう。

『サブウェイ』『インド夜想曲』『ニキータ』『キリング・ゾーイ』『王妃マルゴ』『青い夢の女』などに出演し、フランス映画界を代表する演技派俳優にして『裸足のトンカ』の監督でもあるジャン=ユーグ・アングラードが、『ベティ・ブルー』同様の作家の役で登場。『ピストルと少年』『EXITイグジット』『赤ずきんの森』のクロチルド・クローが、彼の妻ミシェルを熱演。二人の関係性こそがテーマの作品なので、その一挙一動を観逃さないこと。テレビ、CMそして短編映画と着実に評価を得てきたマティアス・ルドゥーの初の長編作品だ。

Text:梶浦秀麿

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