[記憶のはばたき] Till Human Voice Wake Us
9月14日より、日比谷スカラ座2にて、全国順次ロードショー

監督・脚本:マイケル・ペトローニ/出演:ガイ・ピアース、ヘレナ・ボナム・カーター、フランク・ギャラチャー、リンドレイ・ジョイナー、ブルック・ハーマン、ピーター・カーティンマーゴット・ナイト
(2001年/オーストラリア/101分/配給:ギャガ・コミュニケーションズ/宣伝:LIBERO))

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【STORY】
15歳のサム・フランクス(リンドレイ・ジョイナー
、夏休みを利用して寄宿学校からヴィクトリア州の静かな川辺の町ジェノアへ帰郷し、幼なじみのシルヴィ(ブルック・ハーマン)と久々の再会を果たす。幼い頃から兄弟のように一緒に育ってきた二人の間には、お互いこれまでとは違った感情が芽生え始めていた。ある月明かりの夜、サムとシルヴィは、ダンスパーティーの会場を抜け出し人気のない町を自転車で駈けぬけた。いつもの川の桟橋を訪れると、真っ暗な水面に映る月がゆらゆらと揺れている。「月が踊っているわ」シルヴィがそっとささやく。サムは静かに水の中に入り、彼女を誘った。「一緒に踊ろう」不自由な脚のせいで躊躇する彼女だったが、サムに支えられておずおずと水面に身体を浮かせ、サムの胸に抱かれる。満天の星空を見上げていると、ふとシルヴィの言葉が途切れた。つないでいたはずの手の感触が消えている。サムは必死で水に潜りシルヴィを探したが、水中に彼女の姿を見つけることはできなかった。町中の人々の懸命の捜索にも関わらず、シルヴィは発見されなかった。

20年後。精神分析医となったサム(ガイ・ピアース)はメルボルン大学で記憶心理学を教えている。父親が亡くなり、あの事件以来遠ざかっていた故郷へ戻ることになったサムは、途中の列車の中で、ルビーと名乗る謎めいた女性(ヘレナ・ボナム・カーター)と出会う。しかし、少し席を外したサムが戻ると、そこに彼女の姿はなかった。ある激しい嵐の夜、サムは増水した川に落ちた女性を助け出した。それは、列車の中で出会ったルビーだった。サムは、瀕死の状態だった彼女を自宅に連れ帰り、看病したが、意識を取り戻した彼女は記憶を失っていた。彼らは、サムがかつてシルヴィとそうしたように、《言葉あそび》をしながらルビーの記憶を取り戻そうとする。二人が交わす言葉は、シルヴィの死に結びつき、シルヴィがかつて《言葉あそび》の時に答えた、“グリーンスリーヴス”という単語に行き当たる。「なぜ…?」。サムの胸に、シルヴィとの思い出が甦る。まさかとは思いながら、ルビーとシルヴィを重ね合わせずにはいられないサム。と、ルビーは突然、ある詩の一節を暗唱しだす。「それでは行こうか、君と僕…」彼女自身も、なぜそれを覚えているのか分からない。それは、シルヴィが大好きだったT.S.エリオットの詩だったのだ…。


【REVIEW】
美しい風景画を見ている様な映画だった。風景、と言うよりはサムの心象風景だろうか。サムの記憶、思い出、幻影…? 過去を封じ込め、感情に抑制をかけて生きて来たサムの心の物語が、オーストラリアのあまりにも美しい自然の中で描かれる。その圧倒的な美しさは、“美しい風景画”という印象を必要以上に強くしている様にも思えるが、この物語がサムの一人称の物語であることを考えると、美しすぎる自然もまた、サムの記憶の中の世界、過去にサムの生きた世界なのだろう。

精神科医としての地位を確立したいまも、魂は遠い少年時代に停止したままのサム。若過ぎた彼は、喪失の絶望感と罪の意識に囚われ、記憶を心の奥底に閉じ込めてしまうこと以外、なすすべがなかったのだ。シルヴィは永遠の世界へ旅立ち、サムの時間は停止したままなのである。大切な誰かを失ったとき、遺されたものには「葬送」が必要だという。弔いの儀式は執着、つまり囚われを捨てるための儀式でもある。シルヴィの父モーリスは、娘の死後もくもくと舟を作り続けるが、精神分析的には小舟は柩を象徴するそうだ。モーリスは舟を作ることで娘を弔ったのである。

フランソワ・オゾン監督の『まぼろし』(2002年9月14日より公開)という作品でもまた「大切な人の死をどうやって受け入れるか」というテーマが描かれている。愛する人を水難で亡くし、遺体が見つからない…という点では『記憶のはばたき』に似ているが、主人公は長年連れ添った50代の夫婦。夫を無くした妻は絶望の中で夫の死と共存することを選ぶ。奇しくも同じ日に公開されるこの二つの作品だが、「愛する人との死別」というテーマについて考えてみるとき、くらべてみるのもいいだろう。

謎の女性ルビーと出会い、過去を思い出し、記憶の追体験をしたサムがシルヴィの死をどうやって受け入れて行くのか、またルビーとはいったい何者なのか…? これから『記憶のはばたき』を観ようという人には是非劇場で見てもらいたい。何ものにも邪魔されず、この美しい世界に浸って欲しいからだ。

Text:nakamura [UNZIP]

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