[アイリス] IRIS
12月7日、シネスイッチ銀座ほかにて全国ロードショー

監督:リチャード・エア/原作:ジョン・ベイリー/脚本:チャールズ・ウッド/プロデューサー:ロバート・フォックス、スコット・ルーディン/制作総指揮:アンソニー・ミンゲラ、シドニー・ポラック/キャスト:ジュディ・デンチ、ジム・ブロードベンド、ケイト・ウィンスレット、ヒュー・ボナヴィル
(2001年/イギリス/91分/配給:松竹株式会社)

→コラムfeminine optics『アイリス×ジュディ・デンチ』

∵公式サイト

【STORY】
その日、アイリス・マードック(ジュディ・デンチ)は夫のジョン・ベイリー(ジム・ブロードベンド)と共に、母校のオックスフォード大学のチャリティ・ディナーに主賓として招かれる。校長はアイリスを「哲学者であり、26册の本を書いた文学者」と、またジョンを「有名な文学教授」だと紹介する。アイリスは「精神の自由こそ何よりも大切な宝」だと語り、アイルランド民謡の「ラーク・イン・ザ・クリア・エア」を歌う。型破りなスピーチに親友のジャネットは微笑み、皆は驚きつつも賞賛の眼差しでアイリスを見つめる。傍らの夫ジョンは誇らし気に彼女の歌声に耳を傾けながら、遠い昔を思い出す…。1950年代、二人はオックスフォード大学で出会う。一目でアイリスに恋をしたジョン。恋愛経験豊富なアイリスは、複数の恋人と付き合いながら、ジョンの純粋さに惹かれていく。やがて本当の自分を理解してくれる人はジョンだと気づいたアイリスは、彼と結婚。その後は次々と小説を発表し、一流の作家になる。

そして現在。歳月を経て、二人の愛は穏やかに深まっていた。ジョンは輝き続けるアイリスを、心の底から敬愛していた。いつものように二人でスーパーマーケットで買い物をし、いつものようにパブに寄る。そんな時に二人が楽しんでいた「言葉遊び」で、アイリスは同じ言葉を二度口にする。普段らしくない自分の言動にハッとするアイリス。執筆活動にも集中力を欠くようになってくる。いつものように言葉を紡いでいくことできない。なんてことない単語の綴りを忘れてしまう。明らかに自分の中に異変を感じ、戸惑うアイリス。そんな彼女を励ましながら支えるジョン。やがて二人は、彼女が現在の医学ではどうすることもできない難病・アルツハイマーに侵されていることを知る…。

持ち前のユーモアを忘れずに、愛だけを武器に運命に立ち向かうジョン。それは人はどこまで人を愛せるのかという永遠の問いかけへの、傷だらけで美しい回答だった。

【REVIEW】
いきなり余談だが、この日の試写会では隣に「俳優:山崎努」さんが座っていた。彼の大ファンである私、トップブリーダーは映画どころじゃないハズだったのだが、こんなにも集中力を欠いていたにも関わらず、オープニングシーンですっかり映画に引き込まれてしまった。映画は僅か数分の会話のないこのシーンで、アイリスという現代作家の魅力を表現しきることに成功している。そしてここで若き日のアイリス(ケイト・ウィンスレット)と現在のアイリス(ジュディ・デンチ)の役割を観客は知ることになる。この無駄のないスマートな説明に、映画がどう展開されてゆくのかが期待されるってもんだ。アイリス・マードック。哲学者であり26册の小説を世に送りだした作家。イギリスでもっとも素晴らしい女性と賞賛され、自由な精神とエネルギー溢れるパーソナリティで英国女性のアイコン的存在だったという。映画は彼女と夫ジョンがオックスフォード大学で知り合ってから、闘病の末亡くなる1999年までを描いているが、大すじは彼女の病気が発覚してから息を引き取るまでの2年間を、二人が出会ったころのエピソードを交える形で進行してゆく。

若き日のアイリスは、複数の恋人(時には女性!)と付き合いながらも、一方では後に夫と成るジョンの純粋さに惹かれてゆくのだが、この辺りはケイト・ウィンスレットがとても生き生きと演じていて魅力的だった。『タイタニック』で一躍ハリウッドに躍り出たあの肉感的な英国女優である、と言えばすぐに思い出してもらえるだろう。この映画『アイリス』での彼女は、マイケル・ウィンターボトム監督のもとで撮影された『日陰の二人』を彷佛させる。何人もの恋人を持ちながらも、その内には一点の曇りも無い純粋さを良く体現していたと思う。ケイトのお相手を努める若き日のジョン役は、『ノッティング・ヒルの恋人』で知られるヒュー・ボナヴィル。なんていうか、アクのない人の良さを感じさせる俳優だ。若い頃は何に対しても、もちろん自分に対してもまるで自信が持てずにいたというジョンを、とても暖かく穏やかに演じている。

そして現在の二人。若き日の波瀾な日々は過ぎ去り、時を経て穏やかに深まっていった二人の愛。夫ジョンは今でも生き生きと輝き続けるアイリスを、妻として以上の敬愛を持って愛していた。その愛が試される時が来るのだ、アイリスのアルツハイマー発覚によって。この二人をジュディ・デンチとジム・ブロードベンドが演じるのだが、まぁ二人とも素晴らしいの一言である。ともすると滑稽になりがちなのが、老夫婦を演じるうえでの避けられない危険性だったりするもんだが、そこんとこ二人とも名優だね。ジュディ・デンチといえば『恋におちたシェイクスピア』での助演女優賞受賞が記憶に新しいが、この映画では現代作家が言葉を失っていく恐怖と苦しみを繊細な演技で表現していた。私の近親者がまさにアルツアイマーで闘病しているのだが、この病と闘っている人達を間近で知っている私からみてしても、彼女のこの演技は賞賛に価する。アルツハイマーという病は脳みそが収縮することにより記憶や運動機能が低下してゆく病気なのだが、全てが失われるわけではないんだ。人間の魂の核のような部分は残されているように思うのだが、廻りの人間はそれを理解できない。それによって起こる感情の波のようなものが患者の中には確実に起こるわけで、そんな微妙で繊細な脳みその最後のシワ一本までをもジュディ・デンチは体現していたと思う。素晴らしい。そして本作でアカデミー賞助演男優賞(他多数)を受賞したジム・ブロードベンド。立ち居振る舞いに常にユーモアを漂わせながらも、次第に病に蝕まれていく妻を大きな愛で包み込む夫ジョンを熱演。実年令よりも20歳以上年老いた役を演ずる為、撮影前にはメイクに何時間も費やさなければならなかったらしい。そんな厚化粧でよくあのような演技ができるものだと単純に感心してしまうが、なんでも彼の実母もアルツハイマーで亡くしていることもあり、この病を抱えた人の大変さや、そこから浮き彫りにされる人間関係というものにも理解を持っていたという。

介護に疲れた夫ジョンが挫けそうになった時、若き日のアイリスのこんな言葉を思い出す。「プロテウスを知ってる?あの神話のように、私を手放さないで。たとえ私がライオンや魚に変身しても」本作はアルツハイマーという現代人なら誰もが陥る危険性を持つ病を扱っておきながら、作風はセンチメンタルに浸るどころか、最後の一瞬まで生き生きとしている。それは若き日と現在いう二つの時代をうまく交錯させることで実現した、いわば脚本の勝利といったところかもしれない。

その脚本に触れておこう。本作は監督のリチャード・エアとチャールド・ウッドによる共同脚本であり、二人は1982年のフォークランド戦争を扱ったBBCドラマ『Tumbledown』でも共著している。が、最初から最後まで完全なる共同作業は本作が初めてのようだ。その作業は極めて楽しく、驚くほど苦労がなかったというから、よほど惚れあった仲なのだろう(笑)。監督のリチャード・エアはこれまでに数多くの舞台演出(シェイクスピア作品からブロードウェイまで!)を手掛けおり、それらの舞台作品の数々を通してオリヴィエ賞のライフタイム・アチーブメントを含む数々の賞を受賞。本作では久々に映画のメガホンをとった。

Text:トップブリーダー


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