[猟奇的な彼女] MY SASSY GIRL(Yeopgijeogin geunyeo)
2003年1月25日よりシャンテシネ、シネマスクエアとうきゅう他にて公開

監督・脚本:クァク・ジェヨン/原作:キム・ホシク(翻訳本:日本テレビ出版)/製作:シンシネ/出演:チョン・ジヒョン、チャ・テヒョン他
(2001年/韓国/2時間2分/配給:アミューズピクチャーズ/宣伝:ムービーアイ・エンタテインメント)

→チョン・ジヒョン来日記者会見レポート
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【STORY】
「二年前の今日、彼女と僕はタイムカプセルを埋めました。彼女はまだ来ていません……」ってモノローグから始まる。語り手は普通の大学生キョヌ(チャ・テヒョン)。子供の頃、女の子として育てられたせいか、外見に似合わずロマンチストだ。3年前、公益奉仕=徴兵を終えてお見合い用の写真を撮っていた頃を回想する。親戚に女の子を紹介してもらう予定だったのだが、友人達と除隊祝いに呑んじゃって、夜に渋々その叔母さんの家に向かおうとした駅での出来事が、この話の発端――【前半戦】の始まりである。駅のホームで、酔って線路に落っこちそうな女性がいて思わず助けてしまうキョヌ。ストレートヘアのスレンダーな美女だけど「酔っ払い女はご免だ」と思いつつ同じ電車に乗れば、老人の前で座ってる若者に説教するわ、その老人の頭に吐くわってな珍騒動を巻き起こす。「うひゃー」と思ってたら「お前の彼女だろう!」と怒られて、乗客の冷たい視線にさらされつつ介抱するハメに。それが“彼女”(チョン・ジヒョン)との「運命的な出会い」だった。親切が仇になって散々な目に会うキョヌだったが、最初は敵愾心を抱いて彼に接していた彼女が、どうやら彼氏と別れた心の痛手から立ち直れないでいるらしいと知って、ついお節介にも「彼女がたち直るまで側にいてあげよう」とか思ってしまう。美人だし。でもそれが間違いの始まりだった――のかもしれない。何しろ彼女は素面でも凶暴で、喫茶店でコーラを頼むと「死にたい?」とか睨んでコーヒーにさせられるし、妙な正義感だけは強くて酒場で援交を見つければすぐ絡んで止めさせたりするのだ。焼酎3杯で泣き上戸になって渡されたハンカチで鼻かんで自分のポッケにしまうし、そのまますぐバタンキューと寝てしまいもする。ひどい嘘をついて大学の授業をサボらされるし、「川の深さを確かめて」と突き落とすし、気にくわないと殴るし、もう突飛な行動ばかり。まさしく「ヨプキ」=「猟奇」っていうか「奇矯な女」なのだ。彼女が書き続けてるらしい映画の脚本もヘンテコで、SFも時代劇も皆、未来から来た闘うヒロインが活躍する無茶な設定のもの。でももちろんケナすワケにはいかないのだった。ある日、「明後日は私の誕生日!忘れたらブッ殺す!」というメールが来て慌てたキョヌは、夜の遊園地ソウルランドでロマンチックな演出を、と考えた。が、そこに韓国軍の脱走兵がいたから事態は最悪の展開に……。と、一事が万事この調子。

【後半戦】でもいろいろな「災厄」に見舞われるキョヌだったが、やがて彼女に「自分のことを一番理解してくれている男」だと認められることになる。でもそれは「別れの準備」を始めることでもあった。彼女が立ち直ったら、自分は必要無いんだ……そうキョヌは思い、彼女もまた正式にキョヌとつき合うためには、整理してしまわなければならない「ある想い」があったのだ。二人は郊外に出かけ、お互いにあてた手紙をタイムカプセルに入れて丘の木の下に埋め、2年後にここで再会できたら、つき合おう――と約束する。ふと「何かが間違ってる」とキョヌは思う。だが麓の駅で、同じ想いなのにすれ違ってしまい……。

【延長戦】――ここからは原作にもない物語だ。約束の2年間、彼は彼女との思い出をインターネットに書き綴り、それは本になって、さらにかつて彼女のシナリオの代行持ち込みをさせられた映画会社シンシネで、映画化されることになった。彼女の仕打ちに耐えられるようにラケットボールや水泳や剣道の腕前も磨いた。そして約束の再会の日。しかし彼女は……。物語はこの後、さらに予想外の目を離せない展開を見せ、あっと驚く結末へと観客を導くのだった。

【REVIEW】
やられた! かつてメグ・ライアンが得意としたロマコメ(ロマンチック・コメディ)を、ある部分大袈裟に描いてみました――ってな感じの異色ロマコメ、つまりキムチ風味というのか、妙なデフォルメの効いた最新式の韓国産ロマコメであった。「バカロマコメ」と呼んであげたい(笑)。「猟奇的」って邦題から予想される内容とはひと味、いやふた味以上は違うやんけ!って物語にまず軽い「裏切られ」感があって、それが「いい意味で」ってなるのは【延長戦】の異様な展開が秀逸だってことなんだろうなぁ。僕はギャグもどきのエピソードの羅列とか別のエピソードに2回も同じ遊園地が使われるとかって展開に「ゆるいなあ」と舐めてかかってたら、すっかり忘れさせられていたある伏線が妙に腑に落ちるオチになってて「ああ、そうか」って思わず感動してしまった。この「ダサゆるさ」がミソで、ある場面では「オイオイ何十年もたったんかい!」って少し錯覚させられたり(なにせヒロインのチョン・ジヒョンの前出演作はプチ・タイムトラベルSF『イルマーレ』なワケだし)、数珠つなぎのエピソードで伏線も糞もない「雑な感じ」に思わせておいて…って手法に「やられた」って思っちまったのだ。特に後半に連発される「すれ違い」シーンの数々の演出の巧さは特筆もの。このハラハラ感が、ついに「やられた」オチに結びつく時の快感が感動ものなのだ。これ、試写室で観た時に、一緒に観てた美人のTV局アナらしき女性が顔を真っ赤にして泣きまくってたので、ハマる人は大泣きできるかもしれん。本作はある意味で「純愛とはかくあるべし」ってなピュアなラブストーリーでもあるのだ(タイトルからは想像しがたいかもしれんけど)。【延長戦】では『セレンディピティ』のように「努力した者には偶然の奇跡が訪れる」みたいな名台詞も登場するし、観終わって「よかったねー」ってちょっと幸せな気分で劇場を出ることができるはず。以上は「いいひと」Ver.での感想である。

で。後で冷静になってみると、どうも違和感が残ってる。「わるもの」Ver.で裏読みしようと思い返してみた。実は主人公キョヌ(「友犬」って意味?)は根っからの下僕体質、真正マゾヒストみたいに思えて仕方がないのだ。これが村上春樹的(?)「優しさ」のコメディ的デフォルメ表現であるのはわかるのだが、どうしても「理想の女王様に出会えたマゾ男」の話にしか思えなくなって困った(笑)。なにせ直接的暴力はもとより言葉攻め、お仕置き(あまたの恥をかかせる)&ささやかな御褒美(寝顔を見せてあげるとか)、放置プレイ(しばらく放っといては呼び出す、ついには2年以上放置!とか)に学生服プレイに精神的露出プレイ(女子学生の集団の前で告白させられたり小さいハイヒールで連れまわされたり)etc....と、あの手この手で虐待(?)されるのだ。キョヌはでも苛められたり命令されて恥ずかしい目にあわされることに、どうも喜びを感じているようなのだ。相手に尽くして、片思いに苦しむことすら快感に感じているようにも思える。ちなみに本作はずばりハードSM恋愛ものの『LISE/嘘』と同じ製作会社なんだけど、やたらヤリまくってたそっちに比べ、こっちは性的描写は皆無、ラブホテル連れ込みネタはあるが寝顔を見るだけで何もせずに警察行きだったり、「今日は試験だからノーパンなの」みたいなHな台詞はあるけどまともな抱擁シーンすら劇中には登場しない。だから余計に精神的な、つまりは崇高な(笑)「ご主人様と奴隷犬」ってな天然SMカップルにも思えてしまうのだ。でも映画を一見してこれがSMカップルに見えないのは、ヒロイン「猟奇的な彼女」を演じるチョン・ジヒョンのルックスのおかげだろう。いわゆる「女王様」顔ではなく可愛い(ある意味で素朴な)童顔の彼女のおかげで、なんだかラブコメ・タッチが強調されて、逆にキョヌの振るまいが「本当に優しい男ってのはこうでなきゃ」みたいに思えてくるから不思議なのだ。172cm48kgのモデル体型を誇るチョン・ジヒョン(しかもB型の蠍座!)は、劇中では小さくて可愛い華奢な女の子に見える。学生服姿にも違和感がない。逆に彼女が黒いラバーの女王様スーツを着たら絶対に違和感バリバリなはずだ。この映画をユーモラスな泣ける純愛映画として成立させる絶対条件がチョン・ジヒョンだったのだと言えそうな気がしてきた。もし他の女優が演じてたら、そのムチャクチャな性格造型にきっと怒りまくってたと思う。だいたい親や周辺には猫被ってることからして、無茶な命令したり暴力を振るうのも相手を見て(無意識に)計算しているフシがあるし、しかもその凶暴さは過去の「切ない秘密」のせいかも、と観客に思わせてひっぱるんだけど、話を整理して考えるとどうも関係ないようである、というか「女王様」な振る舞いは彼女の生来の性格なのだ。とすれば、ひょっとして元カレは彼女の性癖で××したのかも、とか元カレと同じ下僕体質の男としか付き合えない自分の天然サディスト性に悩んでいたのかも、とか、あらぬ想像をしてしまう僕なのであった。ま、この映画のせいで勘違い女王様女が大量発生したら…と憂慮もしてしまうのだけど、マゾ男にとっては映画のおかげでモテるかもしれんので、いいことなのかもなぁ。とにかく「相手をとことん思い遣るストイックな優しさ」が「マゾヒズム」と紙一重であることに気付かされた「ヨプキな逸品」ではあった。「いい男は優しくなければ」なんて思ってる男性諸君は、自らの性的嗜好を今一度再確認するためにも必見である、かもね。…というわけで最初に「猟奇的」って邦題に文句をつけたけど、深く考えるとピッタリなのかも、と思い直したりして。「明るいSM推進運動」というか「変態に市民権を!」みたいなスローガンを隠して「純愛映画」にソフィスケートしてみせた傑作、という評価は、この映画にとっては迷惑なのかもしれないけどね(笑)。

原作は「韓国の田口ランディ」(笑)“キョヌ74”ことキム・ホシクの実体験を元にしたネット発のベストセラー小説。これに脱走兵のエピソードや【延長戦】などの脚色を加えて映画化され、2001年7月27日に公開されるや空前のヒット(2001年度興収2位、歴代4位、ラブストーリー映画として韓国歴代1位の記録)、社会現象とまでなったらしい。香港でも2週連続1位、さらにスピルバーグ率いるドリームワークスが75万ドルでリメイク権を獲得するという事態に(ハリウッド版は『チアーズ!』やTV『セックス・アンド・ザ・シティー』のジェシカ・ベンディンガーが脚本担当の予定とか)。キョヌ役の新人チャ・テヒョンは青龍賞新人男優賞を受賞。もちろんチョン・ジヒョンも韓国のアカデミー賞である第39回大鐘賞で主演女優賞と人気賞をW受賞した。2001年の東京国際映画祭にも協賛出品され、2002年ゆうばり国際ファンタスティック映画祭ではヤング・ファンタスティック・グランプリ部門でグランプリを受賞している。

余談。劇中、彼女の書いたSFアクション映画のシナリオを読まされたキョヌが「韓国人は恋愛映画が好きなのに」と忠告するシーンがある。「『夕立』という悲恋小説が韓国人の心性を決めているから」という理由らしいのだが、みなさん知ってましたか? 僕は知りませんでした。豆知識として憶えておこうと思います。この『夕立』は貧しくて薬も買えずに病死した彼女に、彼氏が思い出の服を着せて埋葬するってな話らしいんだけど、「猟奇的な彼女」の見解では男は生き埋めになって彼女に殉死するって結末の方がベスト、らしい。つくづく女王様な発想だなぁ、と思ってしまった。ふと、その「発想」を延長して、彼ら二人の行く末を思うと……いかん、怖い考えになってしまった。余談で終わらせとこう。あ、ちなみに原作者キム・ホシクは、この実在する「猟奇的な彼女」とは別の女性と結婚したそうだ。…なるほど。

Text:梶浦秀麿


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