UNZIP

『グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独』Genius Within: The Inner Life of Glenn Gould

世界を魅了する天才の心の内

さまざまなジャンルにさまざまな天才がいる。一瞬にして世界を魅了し、ときに人々の理解を越え先へと進み、賛辞も非難も生み出し、たとえ何十年経とうとその影響が衰えることがない存在。グレン・グールド、彼もそのひとりだ。たとえクラシック音楽に詳しくない人でもその名を聞いたことない、その端正な容姿を見たことがないという人は少ないだろう。

1932年にカナダに生まれ、幼い頃からピアノに親しんだグレン・グールドは、弱冠23歳にして米国でデビューを果たす。『バッハ:ゴルドベルグ変奏曲』の斬新な解釈と並外れた演奏技術、芸術性で世界中に鮮烈な印象を与え、その後、世界中を演奏して渡り歩くが、32歳でコンサート突然コンサート活動を中止。スタジオ録音のみで活動をする。1982年に50歳で急逝するまで、表舞台ではなくレコードやラジオ、テレビといったメディアによる活動をつづけた。

映画スターのようなルックス、異様に低くした椅子に腰掛け小さく歌いながらの演奏、軽快で独特なタッピング奏法、真夏でもマフラーと手袋をまとい、表舞台から距離をおいて世俗から離れて活動する。そんな姿はエキセントリック、異端児とも評された。

このドキュメンタリーは、そんな彼の生涯のエピソードを貴重な映像や資料やインタビューをもって、(彼の音楽というよりは)彼の人間性を綴っていく。もちろん、グレン・グールドはいままでに幾度となく研究され、言及され、映像化もされてきいるが、それでもまだここには“まだ見ぬグールドの姿”が浮かび上がってくる。

とくにこの作品で特筆すべきは、今まであまり表立って語られることの少なかったグレン・グールドの恋愛に関して、3人の元恋人のインタビューをもって彼の本質に迫る試みだ。プライベートな部分を多く知る彼女たちの証言には、「天才」としての姿だけでなく、複雑な自我をもち、極端に不器用で、生涯にわたって人間関係に満たされることはなかったのではと思わされる彼の苦悩が窺がえる。ときには批判にさらされながらも、つねに「音楽」そのものに誠実であるがゆえに世俗や親しい人々からからも離れていていかなければならず、素晴らしい演奏・録音を残してきたその心の内にひめていた悲哀。それはとても痛ましい。遺作ともいえる81年に再録音された『ゴルドベルグ変奏曲』の極端にゆったりとしたテンポ、驚くような再解釈には、これらのことなくしては聴けない何かがあるのではないだろうか。

表舞台から退いたあと、スタジオで試行錯誤している姿をとらえた映像がある。そこで彼が笑顔で「音楽の素晴らしさを残した」「伝えたい」といった主旨のことを言うシーンが心に残っている。人間関係に不器用だった彼が自らの作品を通して、創造とともに、人々と通じ合おうとしてきたのではないかと思える。実際に私たちは数多くの作品を通して、いまでも彼の内面を知ろうとすることができる。

グレン・グールドに詳しくない方にとっては、彼の全体像を知ることのできるよい映像となり、既に詳しく知っている方にとっても新しい発見を見つけることができる貴重な資料となるだろう。グレン・グールドという人物を知ると、クラシック音楽のCDやコンサート以外の場所でさえ、私たちは彼に出会うことができる。テレビや街角、ときには小説のなかにでさえ、その面影は溢れている。そして、このドキュメンタリーを観終え、ふたたびグレン・グールドの演奏を聴くとき、いままでとは少し違ったグレン・グールドに出会えるかもしれない。


Reviewer : yuki takeuchi

ABOUT THIS FILM

2011年10月29日、渋谷アップリンク、銀座テアトルシネマ他、全国順次公開
(2009年 / カナダ / HD / 16:9 / 英語 / カラー / 108分 / 配給:アップリンク)

監督:ミシェル・オゼ、ピーター・レイモント / プロデューサー:ピーター・レイモント / 編集:ミシェル・オゼ / 撮影:ウォルター・コルベット

出演:グレン・グールド、ジョン・ロバーツ、ウラディーミル・アシュケナージ、コーネリア・フォス、ローン・トーク、ペトゥラ・クラーク、ケヴィン・バザーナ、ロクソラーナ・ロスラック、フランシス・
バロー、ハイメ・ラレード、フレッド・シェリー、他

TRAILER