UNZIP

『アリラン』Arirang

キム・キドクが自らを曝け出す衝撃のセルフ・ムービー

13年間に15本もの映画を作り、数多くの傑作を世に送り出してきたキム・キドク。カンヌ、ヴェネチア、ベルリンの「世界三大映画祭を制する」という偉業も成し遂げ、名実共に世界の映画監督のひとりとして常に新作が待ち望まれる存在だ。日本でも初めて『魚と寝る女』が公開されるや熱狂的な支持を得て、『悪い男』では“韓国のキタノ”とも評された(現在はこのたとえではおさまらないほどだが)。2003年からの『春夏秋冬そして春』『サマリア』『うつせみ』といった流れでは、感嘆するほどの傑作を連続して生み出し、以後キム・キドクにしか作り出せない世界観を創造し続けた。しかし、オダギリ・ジョーを主演にした前作『悲夢』の撮影後、突然映画界から姿を消す。これまでに、ほぼ1年に1本のペースで作品を生み出してきたキム・キドクが3年間も映画界から姿を消した。きっかけは、『悲夢』の撮影中に起こった、ひとりの女優が危うく命を落とすような事故だった。自分の映画のために人ひとりの命を奪おうとしてしまったことに深く悩み、キム・キドクは映画を撮ることができなくなる。外界との接触を断ち、雪の降り積もる山小屋に籠もり、カメラに向けて孤独な自問自答する日々が始まる。この作品はここから始まる。

主演、撮影、編集すべてキム・キドク。ときおり山小屋にやってくる野良猫のほかに登場人物はいない。しかし、キム・キドクはひとりではない。第二、第三、そして影のキム・キドクが登場する。キム・キドクはそれら自分自身と対話をすることで深い内省の渦へと入ってく。

とにかく圧倒され、困惑し、倦怠を感じ、そして最後には眩暈すら感じた。もちろん否定的な感情も含めすべてをもって素晴らしいと感じた。とにかく情報量が多い。この作品には、あまりにも多くのことが畳み込まれている。映画監督として、たった一人の人間として、キム・キドクの内に渦巻くものがスクリーンに充満している。そして、現代の映画そのものに対しても。

そもそもドキュメントとドラマ(創作としての意思が発生している部分)の境界が崩れている。複数のキム・キドクをとらえる、カメラからの視点が意識されるが、それ自体もキム・キドクによるものだ。カメラの前で行われる行為が、リアルなのか、そうでないのかという疑念すら抱かせる。リアルとアンリアルの垣根すらないということなのか…。そのなか、事故への反省から始まり、いままでの自身の作品、創作の姿勢に対する反省と深い考察。世界的な評価を得たものの韓国では全くと言っていいほど受け入れられず、むしろ批判されることへの悲しみ。映画そのものの意義について考え、そして、いま何が映画に出来ることなのか。自分はこのまま世俗から離れ、もう映画の世界に戻ることはないのか。もう映画を作ることは出来ないのか。いま自分にとっての映画とは。あまりにも膨大な、悲痛な心情の吐露、そして嗚咽。複数のキム・キドク同士が、叱咤し、励まし、冷静に分析し、会話する。まさに乖離してしまった自我だ。また、キム・キドクが本編中で読んでいる本が、パウロ・コエーリョの「ブリーダ」というのも意味深い。

そして、加えておきたいのは、この作品はキム・キドクの内的な部分から出発しているが、彼を含む現代の「映画」を考察することにも繋がっているということだ。傑出した芸術全般に多く見られることだが、現代性や時代の変革、先見性を自ずと内包することをこの作品も行っているようにみえる。本編中、キム・キドクがこの作品が“マークツー”によって撮影されていると語るシーンがあるように、この作品でもCanon EOS 5D Mark-IIが使用されている。いま多くの作品でデジタル一眼レフが使用され、そして、そのことが映画そのもののあり方を変え始めているひとつの要因になっている。キム・キドクもそのことを考察している。いま、デジタルを使用する以外にも、メタ的な手法をとったり(監督自身が登場したり、映画制作そのものを描くこと、ドキュメンタリーも含め)、サイレントや劇中で昔の映画を引用したりすることで、数多くの作品が映画の変革の時期を語り始めているように思われる。いままでもこれらの手法をとった映画は数多くあったかもしれないが、いまこの時期にこれらを選択することが意味するものは大きい。この『アリラン』もそのひとつに含まれるだろう。

キム・キドクが自問自答の果てに迎える衝撃的な結末は、是非観て確かめていただきたい。いままでのキム・キドク作品、そしてこれからのキム・キドクを観る、語るうえで絶対に外せない重要なターニングポイント的な作品になっている。この作品は、2011年のカンヌ国際映画祭<ある視点>部門で最優秀作品賞を受賞している。そのときの審査委員長がエミール・クストリッツァだったという。まさに鬼才同士の理解があったのだろう。キム・キドクはこの後、Mark-IIを使い、フランスで即興的に新作『アーメン』を撮影したらしい。この作品の公開は未定らしいが、さらに新作の長編の制作に入っているという。やっぱりキム・キドクからは目を逸らせないのは確かなようだ。


Reviewer : yuki takeuchi

ABOUT THIS FILM

3月3日(土)より、シアター・イメージフォーラム他全国順次公開
(2011年 / 韓国 / 91分 / HD / カラー / 1:1.77 / 原題:Arirang)

監督・脚本:キム・キドク / 主演:キム・キドク / 製作:キム・キドク / 撮影:キム・キドク / 録音:キム・キドク / 編集:キム・キドク / 音響:キム・キドク / 美術:キム・キドク

TRAILER