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『シルビアのいる街で』DANS LA VILLE DE SYLVIA

映像と音の新しい映画の地平

その内実とは裏腹に、なんて実験的で、危険な映画なのだろう。観終わった直後にはじめて思ったのはそういった感想だった。それは自分にとっては最大の賛辞でもあったけど、これはもしかしたら、限られた人にしか伝わらない表現なのではないかと思った。伝わるから良いとか悪い、理解できるから優れているとかそういう話では全くなく、そういうことすら覚悟の上で、その表現を洗練させ、突き詰め、そしてある極点に達した強度をもっている。それが映画という枠におさまるのかということ、それも問題ではなく、これが、この作品を作ったホセ・ルイス・ゲリンという監督の表現なのだ。

舞台はあるヨーロッパの都市。美しく古い街並みのなかを、現代的な路面電車が走り、老若男女が街を行く。通りに面し店外にも多くのテーブルが並ぶカフェでは人々がくつろぎ会話を交わす。ある青年がそのなかで独り、カフェに椅子に座り、ある女性の姿を探している。手にしたスケッチグックに様々な女性のスケッチをする。書かれる一文、DANS LA VILLE DE SYLVIA、“シルビアのいる街で”。街のざわめき、人々の会話。あるひとりの女性を見つけ、慌ててあとを追う青年。そして、街中を彼女のあとを追って彷徨い、歩きはじめる。

ドキュメンタリーのようにすべての街とその音をとても洗練された構成で見せる。高い次元のフィールドレコーディングのようであり、そして一瞬一瞬がはっとするような素晴らしい絵画や写真のような構図をもっている。街のざわめきや人々の会話が美しい音楽のように心地よく耳に伝わる。現実を虚構の境目にあるようなどこか浮遊感のある感覚。リアルな日常の風景のようにも感じさせるが、どこか幻想的な雰囲気すら感じさせる。主人公の青年はただその街のなかのに存在する、ひとりでしかないというように、街並とそのなかの人々と等価に描かれる。あるシーンで登場した人物が、青年が彷徨う街のなか、別のシーンで通り過ぎる。カフェのファサードのガラス、路面電車の車窓、街中のショーウィンドウに映る、内と外が二重に合わさった景色の美しさ。

青年は物語のなかただ見つめ、そして追いかけて歩くだけだ。しかし、そのある種、幻視にも思えるような彼が見つめるその景色は限りなく美しく、そして強迫的でもある追跡は何よりもスリリングだ。また通り過ぎる人々にすら何かしらの物語を感じざるを得ない豊かさがる。同時に、単なるなにも起こらないストーカーの話に見えてしまう人がいても仕様がない危うさすらこの作品は抱えている。しかし、それでも極度に洗練されたこの表現には、例えば、小津やヒッチコックだったり、現代で言えば隣国のペドロ・コスタ、またはアートシーンで活躍する映像作家のフィオナ・タンのように、自身の表現をつらぬきある地平へ至った表現者たちを思い起こさせる。そこには見たことのないような視界と同時にそのものの核心に触れられている。これは、まだ誰も見たことのないような映画=芸術であると同時に、だれもが見たこと、感じたことのあるような景色なのかもしれない。


Reviewer : yuki takeuchi

ABOUT THIS FILM

2012年6月30日 (土) より、渋谷シアター・イメージフォーラム、ホセ・ルイス・ゲリン 映画祭にて特集上映

(2007年 / スペイン、フランス / 86分 / 35mm)

監督・脚本:ホセ・ルイス・ゲリン
出演:グザヴィエ・ラフィット / ピラール・ロペス・デ・アジャラ

TRAILER