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『ソハの地下水道』IN DARKNESS

ホロコーストの新しい真実を描く物語

これまでに数多くの映画で描かれてきたナチスによるホロコーストの悲劇。人類の負の歴史のひとつであるこの出来事は、『シンドラーのリスト』や『ライフ・イズ・ビューティフル』、『戦場のピアニスト』など様々な視点で語られてきた。しかし、この『ソハの地下水道』は、それらのどれとも違う視点で、また、いままで語られることのなかったカタチでホロコーストを描いている。そして、なにより映画として素晴らしいのは、大仰になりがちな英雄譚や意図的に感傷を誘う演出がほとんどない。ただただ、感情を挟む余地もないような過酷な状況とそこにまつわる人々が丁寧に描かれている。

舞台はポーランド。主人公は、表向きは下水修理を生業としているが、裏では空き巣稼業をしては盗品を地下水道の中に隠しているレオポルト・ソハ。彼はあるとき地下水道でナチスの迫害から逃れようとするユダヤ人たちと出くわす。地上ではナチスが執拗にユダヤ人を探し、迫害を続けている状況で、狡猾なソハは、誰よりも詳しい地下水道の知識を駆使して、彼らユダヤ人を地下に匿うことを思いつく。しかし、それは善意からの行為ではなく見返りに金銭を要求することが目的だった。それでも命には代えられないユダヤ人たちは、それに従いソハしか知らない場所へ逃げ込む。地下水道という不潔で光の届かない劣悪な環境で隠れながらも、それ以上に過酷な地上に出るよりはましだと、そこで生きようとするユダヤ人たち。その間に立ち、地上と地下を行き来することになったソハ。はじめは自分の利益のために、彼らを匿いはじめた彼だが、時間を共有し彼らと接しているうち、さまざま重圧や葛藤のなか次第に心を変化させていく。

主人公ソハだけでなく彼の妻や娘、同僚、地下水道に隠れるユダヤ人たちなど、どの登場人物も命すら危ういという過酷な状況の中で、心の奥底に見え隠れする善意と自身のエゴや傲慢さ、抑えきれない衝動との葛藤や重圧などを抱えている。ソハにしてみれば、ユダヤ人を匿うという表向きは反社会的な行為と心の奥にある善意との葛藤、それを誤摩化すため?かそうでないかは観ていただければ分かると思うが、自分は「善き人」ではないと自分に言い聞かせるようにユダヤ人たちに金銭的な見返りを求める。ユダヤ人たちも背に腹はかえられないゆえにポーランド人であるソハに従うがはじめから彼を信じているわけではないし、彼ら自身も一緒に逃げてきた仲間の中ですら対立したり、ずる賢くふるまったり、裏切ったりと、エゴがある。どんな過酷な状況でも人間にはエゴがあって葛藤している。でも、彼らは、最後の最後のところで「命」だけは、自分だけでなく誰のものであってもやっぱり見捨てることはできない。

ヘンリー・パーセルによる歌劇「ディドとエネアス」からアリア “When I am laid in earth(私が土の下に横たわるとき)”という曲の挿入も心が震えるような瞬間だ。

『太陽と月に背いて』や『敬愛なるベートーベン』などでも人間の奥底を描こうとしてきたアグニェシュカ・ホランド監督らしい作品だ。『灰とダイヤモンド』でも知られる世界的名匠アンジェイ・ワイダ監督に師事していたということも特筆すべき点だ(アンジェイ・ワイダ監督の最新作『菖蒲』 http://shoubu-movie.com/ も立て続けに公開されるのでこちらも見逃せない!)。知られる観る者を次第に登場人物たちに引きつける展開や145分という時間もあっというまに感じさせるテンポの良さ、原題のIN DARKNESSが示すようの圧倒的な暗闇(それは登場人物たちの心象をも表わしているかのようでもある)の息も詰まるような地下水道のリアリティのある映像、ときおり挟まれる美しい映像、そして俳優たちの迫真で素晴らしい演技、どこをとっても本当に力強い印象を残してくれる素晴らしい作品だ。


Reviewer : yuki takeuchi

ABOUT THIS FILM

9月22日(土)TOHOシネマズ シャンテ ほかにて公開
(2011年 / ドイツ=ポーランド / 145分)

監督:アグニェシュカ・ホランド / 脚本:アグニェシュカ・ホランド、デビッド・F・シャムーン / 撮影:ヨランタ・ディレフスカ

出演:ロベルト・ヴィエンツキェヴィチ、ベンノ・フユルマン、アグニェシュカ・グロホフスカ

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