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『ライク・サムワン・イン・ラブ』Like someone in love

巨匠アッバス・キアロスタミが日本で描いた”愛“

これまでに『桜桃の味』や『トスカーナの贋作』など数々の類稀なる傑作を生み出してきたアッバス・キアロスタミ。長年、あたためてきたという日本での映画の制作がついに実現した。そして、またしてもキアロスタミにしか作りえないような素晴らしい作品を生み出してくれた。

デートクラブで働く明子(高梨臨)は、ある夜、現役を引退した元大学教授のタカシ(奥野匡)を訪ねる。タカシは、用意していたワインや食事にも手を付けようともしない明子に戸惑いながらも優しく接する。翌朝、タカシは明子が通う大学まで車で送った先で、明子の婚約者だというノリアキ(加瀬亮)と出会う。3人の思惑や勘違いが交錯しはじめるとき、物語は動き始める。言葉にしてしまえば、とても単純なストーリーだが、静かに移り変わる3人の表情や思い、それぞれの“愛”や優しさが、ときに美しく、ときに激しく、そして、「ライク・サムワン・イン・ラブ」という曲のように、ときにロマンチックに展開する。

キアロスタミらしい演出は、本作でも遺憾なく発揮されている。台本がほとんどないという演出は、登場人物たちにこの先になにが起こるかわからない人生を歩ませ、長回しのシーンではその表情や感情を見つめ続ける。3人それぞれがシーンによって、見せる表情が違っていたり、観るものに感じさせる印象が変わっていく様子も、静かな演出ながらとてもスリリングだ。

また、これまでキアロスタミの作品のなかで数々登場してきた車のなかでのシーンがここでも展開される。私自身はこのキアロスタミらしいシーンを観るたびに、とても心地よい気持ちにさせられる。他の一般的な映画に比べれば、起伏の少ないシーンに思えるかもしれないが、観るたびに感じるのは、流れる映画の時間に身を委ねるある種の心地よさだ。フロントガラスの映る街の断片や、車中の登場人物の様々な表情の移ろいや会話は、決して大袈裟なものではないが、繊細で、それだけで多くのことを物語る。本作での高梨臨のそれは本当に素晴らしく、美しい。

この物語の結末に関しては是非観ていただき感じていただきたい。そもそもキアロスタミ作品において、結末というものがあまりないに等しいのだけども、ひとつの通過点であるその一点に収斂していく過程は、むしろ唐突や衝撃的と表現するよりも、登場人物である3人が、決して長くはない邂逅を経て生まれた数々ある可能性の世界のなかで、自然に、必然的にここに辿り着てしまった瞬間なのだと感じさせる。それがハッピーエンドなのかそうでないかはここでは問題ではなく。物語を観ている間は、この先どのように進んでいくのか、様々な可能性を感じさせる。それは、現実の世界に限りなく近い感覚で観るものを捉え、また登場人物たちと同じ先の見えない時間を辿るかのような感覚だ。まさにスクリーンのなかで、人生が進むように。

この映画が終わったあとも、3人の人生が続いていくこと感じさせる。そのとき、観客のなかには、それぞれ違った感慨が残り、そして、もしかしたらそれぞれ違った物語が始まるかもしれない。


Reviewer : yuki takeuchi

ABOUT THIS FILM

9月15日(土) ユーロスペースほか全国順次公開

(2012年/日本・フランス共同製作/109分/製作:ユーロスペース+mk2/2012年/日本・フランス共同製作/109分)
配給:ユーロスペース

監督:アッバス・キアロスタミ 
キャスト:奥野 匡、高梨 臨、加瀬 亮

TRAILER