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『わたしたちの宣戦布告』La Guerre est déclarée

闘うチカラをくれる愛の物語

『わたしたちの宣戦布告』の監督であり主演もつとめるヴァレリー・ドンゼッリと主演・脚本ジェレミー・エルカイムは二度闘う。わたしたちはその姿を目の当たりにする。本作は、彼らふたりとその子供に起こった実話を基にされているからだ。一度は現実の世界で、二度目はスクリーンのなかで、彼らは闘う。

物語は、パーティーでふたりの男女が出会うところから始まる。名前は、ロメオとジュリエット。ふたりは自分たちの名前が、悲劇の物語の主人公と同じだと冗談を言い、恋に落ちる。そして生まれた息子アダム。幸せな生活も束の間、泣き止まないこと、歩けるようにならないことを不審に思い病院に連れて行き、精密検査を受けさせる。アダムは脳腫瘍に侵されている重度の病を患っていた。生きることのできる確率は10%。絶望にくれるふたり。「ロメオ」と「ジュリエット」には、悲劇がふりかかる。しかし、彼らは、その周到に用意されたかのような悲劇に“宣戦布告”する。勇敢に、彼らのやり方で乗り越えようと闘い始める。

誰もが想像しうる画一的な重苦しいドラマを予想していると少し虚をつかれるかもしれない。ひとつは彼らの行動。よく想像しがちな、思い悩み、悲しみにくれる、そういった行動も束の間、彼らは前に、前に突き進む。自分たちがつらくなったときは、若者らしく息抜きもする。もうひとつは映画そのものの演出。ラストシーン以外はCannon EOS 5D Mark IIで撮影されていて、心情の描写により過ぎずに彼らの行動そのものをテンポよく、クラシックからフレンチエレクトロまで多岐にわたる音楽とともにつないでいく。重たく、停滞してしまいがちなストーリーを軽快さすら感じさせるものにしている。そして、ところどころ挟まれるユーモアやポップさは、追いつめられた状況であっても、そういうこととは関係あろうとなかろうと、世界にはところどころに楽しいこと、滑稽なことはあって、それに気づけば少し笑顔を取り戻すことが出来るだよ、と言ってくれているように思える。すこしあっけらかんとしているように感じるかもしれないが、でも、それは彼ら自身の体験にもとづいている。重いテーマ(現状)だからと言って、世界に存在するそういうものを無視しない、という捉え方がとてもいい。

この作品で強く感じたことは、人間には喜怒哀楽があるのだ、という当たり前こと。それは映画のなかだって同じ。どんなに追い込まれたつらい状況でも、怒りや哀しみだけではなく、ちゃんと喜びや楽しみがある。自分のなかにもあるし、自分の周りにもそれらはある。それをストレートに表現している。画一的な話法に捉われることなく、自身の体験に素直に向き合う。だから走り出し、歌い、そして踊る。それらの行動が決して、つらい状況のなかでの絶対的な解決策、対応策だということではない。しかし、彼らの喜怒哀楽を観ていると、いつしか普遍的ななにかを感じさせてくれる。

彼らは、自身の体験を物語のなかでもう一度繰り返す。そして、それを映画にするとき、少人数のスタッフでインディペンデントな制作という状況のなかで、画一的なセオリーに捉われない挑戦をしている。そういう意味では、三度闘っているとも言える。物語だけでなく、映画そのものへの彼らの宣戦布告とも言える。

作品の持つ雰囲気やテーマなどは違うが、女性のもつ繊細さやちから強さ、ポップさや新鮮な感覚という意味では、ミランダ・ジュライが登場したときのような感じを思い起こさせもした。

この作品を観終わったあと、気持ちは高鳴り、彼らと同じような気持ちで劇場を出ることになると思う。わたしたちは闘えるのだと…。

2012年アカデミー賞外国語映画賞フランス出品作
2011年カンヌ国際映画祭批評家週間オープニング作品
2012年セザール賞最優秀監督賞他5部門ノミネート


Reviewer : yuki takeuchi

ABOUT THIS FILM

2012年9月15日(土)、Bunkamura ル・シネマ、シネ・リーブル梅田ほか全国順次上映

(2011年/フランス/100分/HD/カラー/シネマスコープ/ドルビーデジタル)
監督:ヴァレリー・ドンゼッリ
出演:ヴァレリー・ドンゼッリ、ジェレミー・エルカイム、セザール・デセック(アダム18ヶ月)、ガブリエル・エルカイム(アダム8歳)
配給:アップリンク

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