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『はじまりの記憶 杉本博司』

世界を魅了する現代芸術のはじまりを巡る旅

現代美術家、杉本博司。現代の芸術を語る上で外すことの出来ない存在だ。世界中で数多くの展覧会が催され、海外のオークションで作品が数千万円で落札されることもある。その作品たちは、国内外、世界中の人々から高く評価され、取り上げられ、そしてなにより愛される。このドキュメンタリーは、そんな杉本博司を200日間にわたって長期密着し、その創作の過程、素顔を通して、杉本作品の“はじまり”を探るドキュメンタリーだ。

悠久なる時間を閉じ込めたような海の水平線を写した「海景」シリーズや、世界の名立たる建築家による建造物を独自の視点でとらえた「アーキテクチャー」シリーズ、杉本博司の作品は一度見たら鮮明に記憶に残り、私たちの心を捉えてはなさない。写真作品のみならず、建築や舞台芸術などにもその創作は及び、多彩な活動はとどまることを知らない。もちろん、私もその心を捉われてしまったうちの一人で、21世紀美術館での「歴史の歴史」展やIZU PHOTO MUSEUM、最近では杉本博司が構成、演出、舞台美術を手掛けた「杉本文楽」、著書「アートの起源」など、時間が許す限り、できるだけ多くの杉本作品を追いかけている。

しかし、ここで観ることの出来る杉本博司は、さらに、はてしなく奥深く、そして広い。普段、目にしている作品の向こう側にある、創作過程、NYのスタジオでの日常風景、世界各地をまわり創作や展示をしている姿、そして創作のアイデアや着想の瞬間は、私たちが観ている杉本作品がそのほんの一部に過ぎず、杉本博司自身の思考やその視線の先には、更に広大な
景色が見えているのだと感じさる。

そして、なぜ杉本博司の作品が、私たちの心をこれほどまでに捉えるのか。その答えがこの“はじまり”を巡る旅で垣間見ることができる。それは日本人の私たちなら誰でも感じることの出来るはずもので、杉本博司が取り戻そうとしているものこそ、いま私たちに必要なものなのだと感じさせられる。次第に像を結びだすような渋谷慶一郎による音楽が、杉本博司の作品や思考に素晴らしいほどフィットしている。杉本博司自身のキャリアを辿りながら、ラストにたどり着く“はじまり”はあまりにも感動的だ。ドキュメンタリー作品としても、とても素晴らしいまとまりをみせている。

余談になるが、2012年の文芸誌「新潮」3月号では、杉本博司の数日間の日記が掲載され、ここではなんと数年後に「海景」シリーズに新作が登場するだろうと書かれている。また、以前に著書にサインを頂いた際に、昨年の「杉本文楽」の感動を伝えると、ヨーロッパでの公演のあと、またいつか日本でも公演をするかもしれないと仰っていただいた。ここに記したことは、絶対とは言えないが、杉本博司の作品が、これからも多く発表され、私たちを魅了し続けてくれることは間違いないだろう。

本作の公開となる、3月31日からは原美術館で個展「ハダカと被服」、4月3日からギャラリー小柳にて「Five Elements」展(こちらは『はじまりの記憶』の冒頭で登場する光学ガラスを使った作品「五輪塔」が展示される予定)も催される。1月に刊行された著書「アートの起源」新潮社)もサブテキストとして併読したい一冊。


Reviewer : yuki takeuchi

ABOUT THIS FILM

2012年3月31日(土)より 渋谷シアター・イメージフォーラムにてロードショー

(2011年 / 日本 / 16:9 / HD / カラー / 81分 / ドルビー・デジタル)

監督:中村祐子 / 出演:杉本博司(現代美術家)、安藤忠雄(建築家)、(現代美術家)、野村萬斎(狂言師)、浅田彰(批評家) / 音楽:渋谷慶一郎 ナレーション:寺島しのぶ

TRAILER