UNZIP

『ピナ・バウシュ 夢の教室』TANZ TRÄUME

ピナ・バウシュが教えてくれる踊ることの素晴らしさ

世界的な振付家であるピナ・バウシュがこの世を去ったのが2009年。生前のピナを最後に公式に捉えたドキュメンタリーが、ついに公開される。

10ヶ月後にピナの代表作のひとつである「コンタクトホーフ」の舞台に立つために、14 歳を中心とした40人の少年・少女たちが集まった。ピナの名前しか知らなかったり、『リトルダンサー』を観てやってきたり、ロマ(中東欧に移動生活者)をルーツにもっていたり、生活環境も性格も、参加した動機もバラバラの彼らは、誰一人としてダンスを習った経験もない。ましてや、目指すのは、クラシック・バレエやヒップホップのようによく知ったポピュラーなものではなく、コンテンポラリー・ダンスと呼ばれるようなもの。ピナ自身が企画したというこの試みに、はじめは少年・少女たちも戸惑いを隠せない。人前で感情を曝け出すように要求されたり、慣れないダンスの振り付けには異性の体に触れる仕草があったり、また意味を見出すことの難しい動きがあったり…。たとえ稽古場であっても同世代の仲間たちを前に恥じらいをみせたり、抵抗をしたり、弱音を吐いたり。稽古(作品)に対しても様々な距離感をもっていたり、大人っぽい感性の子もいればそうでない子もいたり。前途多難にみえる状況でも、ピナが率いたヴッパタール舞踊団で活躍してきたダンサー、ベネディクトとジョーが、ときに厳しく、懸命に指導にあたり、ピナも何度も稽古場に訪れてはアドバイスを送る。

ここに登場する少年・少女たちの戸惑いや恥じらいは、彼らだけのものではないのかもしれない。もちろん、男女の関わりを中心に愛や優しさ暴力や純真さを表わしていると言われるこの「コンタクトホーフ」のテーマが、当初の彼らにとっては少し背伸びしないと見えてこない大人の世界のことだったかもしれないが、ここにある“コンテンポラリー・ダンス”と呼ばれるようなものに対して多くの人は、少し距離感を持っていて、観劇したとしてもその内容に誰もが初めは同じような反応を少なからずするはずだから。そういった意味では誰もがはじめは彼ら、少年・少女と同じだし、彼らが稽古を重ねていくうちに、作品への理解を少しずつ深めていくのと同時に観ている私たちも、ピナ・バウシュのダンスを初めて、もしくは改めて理解していくことができるだろう。

「コンタクトホーフ」だけに限らず、ピナ・バウシュの作品には、人間が抱える不安や愛されたいという切実な想いが強く込められていることが多い。それは人と人との関わり/触れ合うことの困難さとそれを越えることの大切さがあり、そこには愛や裏切り、絶望もあるが、そういった人生経験がどれほどに貴重なものかを表わしていて…。こう書くとなんてふんわりとした内容で、しかも、ダンスという映画や小説などの具体的な表現を有するものと比べて、抽象的な表現で、と思われるかもしれない。しかし、あれだけ戸惑いと恥じらいを見せていた彼らが、稽古を重ねるに従って、周りとも打ち解け、笑顔が増え、楽しそうに稽古をやって来て、ついには自分の言葉で作品を語りはじめる。役を自分の解釈でものにしはじめる。そして、作品のなかで、感情を表に出し、人と関わり、触れ合い、ときに衝突や苦悩し、考えることを実践する。振り付けを間違えることや表現が足りないと指示されることはあるけども、彼らを本当に嬉しそうに見つめるピナが「ミスはいいの、努力が大事なの」、それは「幸せ」なことだと語るように、彼らは、ピナの作品を踊ろうとすることで、人生を経験して成長いていく。本来は、舞台上の出来事しか知ることはできないけれども、これを観れば、ピナが作品を通して伝えたかった想いを理解できる。彼ら少年・少女にとっても、私たち観客にとっても、そこは夢のような教室で、だからこそ公演当日の感動はひとしおだ。胸が熱くなり、出演する彼らが心底羨ましいとすら感じる。本当に素晴らしい体験だと思う。ピナのいない世界はとても悲しいが、ピナの想いはこうして受け継がれているんだということを思い、ヴッパタール舞踊団がまた来日してくれる日を心待ちにしたい。

普段は立ち入ることは許されないピナ・バウシュの創作の裏側を観ることが出来るという面でも、ピナの生前最後の公式な映像としても、とても貴重なものだし、ピナ・バウシュを未経験という方にもお勧めできる素晴らしい作品だ。

ヴィム・ヴェンダースが3Dを駆使して制作した『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』と併せて観ていただければ、きっと心に残るものを見つけられるはず。


Reviewer : yuki takeuchi

ABOUT THIS FILM

2012年3月3日より ユーロスペース、ヒューマントラストシネマ有楽町他 全国順次ロードショー

監督:アン・リンセル
撮影監督:ライナー・ホフマン
プロデューサー:ゲアト・ハーグ
共同プロデューサー:アン・リンセル
音楽:ウーヴェ・ドレッシュ/トーマス・ケラー/トビアス・リンセル/
ポール・オベルレ/ティム・ドーンケ
編集:マイク・シュレマー
音響デザイン:ウーヴェ・ドレッシュ
出演:ピナ・バウシュ/ベネディクト・ビリエ/ジョセフィン=アン・エンディコット

配給:トランスフォーマー/2010年/ドイツ/独語/カラー/89分/HD/ステレオ
日本語字幕:戸田史子
後援:ドイツ連邦共和国大使館

TRAILER