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『父の秘密』After Lucia

光の喪失が生み出した不安と狂気の悲劇

私たちは、どうしても自身にとって都合のいい、もしくは希望を感じられる物語=結末を想像するし、そういった物語を観たいと思うのが普通なことだと思う。しかし、当たり前ながら決してそういった物語だけで世界が存在している訳ではない。そこに目を向け、対峙することは容易なことではなく、また、そういった物語を生み出すことも大変なリスクのあることだと思う。なぜなら、それは人々の欲求をある意味で裏切る行為に等しいからだ。そして、この映画は結末を迎えるその一点において、多くの観客の欲求を裏切り、人々を戸惑わせるだろう。しかし、そのような結末によって愛の喪失やあらゆる暴力の発露の深淵を物語の中に振り返らせ、人々の脳裏に慄然と焼き付けることによって、映画のひとつの可能性を提示することに、この作品は成功しているのではないだろうか。だからこそ、第65回カンヌ国際映画祭では「ある視点」部門グランプリ受賞というかたちで評価されているのだと思う。

妻・ルシアを交通事故で失ったロベルトは、娘のアレハンドラと共にメキシコ・シティに移り住み、新たな生活を求める。しかし、妻の喪失から立ち直れないロベルトは、シェフの仕事に就くもうまくいかず、また突発的に生まれる哀しみに涙が抑えられなくなったり、暴力的な欲望にかられたり、彼の心の中は衝動的な感情に蝕まれていく。一方、娘のアレハンドラは、転校してきた学校ですぐにクラスメートたちとうちとける。しかし、週末に友人たちと訪れた別荘で、酔った勢いで男子生徒とセックスをすると、その一部始終を盗撮されインターネットにアップされてしまう。このことがきっかけで学校中から好奇の視線に晒され、さらに仲間たちからの陰湿なイジメが始り、エスカレートしていく。父娘ふたりは妻/母の喪失から立ち直るという希望のために、お互いに苦悩を背後に隠し良好な関係を保とうとする。しかし、そのことがふたりををますます孤独にしていき、やがて引き返すことの出来ない状況に追いつめられていく…。

冒頭、ロベルトがある場所から車を引き取り、運転をはじめるものの道路の真ん中で、突然、その車を降りて立ち去ってしまうというロングショットから始まる。のちにその理由が明らかになるが、この時点から作品全体を覆う不穏な空気が満ちはじめる。

本作の英題『After Lucia』とは、失われた妻・ルシアであるとともに、Luciaはスペイン語で“光”という意味で、希望が失われた後とも解釈できる。

デジタルで撮影されたであろう映像は、色彩鮮やかで、光の捉え方がとても美しい(アレハンドラを演じるテッサ・イアは、スクリーンに映える素晴らしい存在感で今後もとても期待できる俳優だ)。どこか現代的ともいえるその映像が、逆説的にこの物語を、さらに行き場のない悲劇へと導いているようにも思える。ただひとつ観劇後にしばらく経ってから思い出したことだが、アレハンドラが、この悲劇から逃げようと向かった波荒れる暗闇の海は、むしろ光に晒されたその世界のなかで最もあたたかで母性をも感じるような存在に思える。また、海の上で見せるロベルトの名状しがたい表情が忘れられない。“車”とともに“海”はこの映画でとても重要な鍵となる。

個人的な感覚で言えば、この映画は、ロベール・ブレッソン『ラルジャン』、エドワード・ヤン『恐怖分子』、最近ではアッバス・キアロスタミ『ライク・サムワン・イン・ラブ』などを想起させる作品だ。それぞれテーマは違えど、どの作品も説明的なシーンやセリフが少なく寡黙で、固定されたカメラによる抑制の効いた映像、扇情的な音楽はほとんど使用せず生々しい日常の音に溢れている。そして、結末を希望に委ねるのではなく、ある意味で突発的とも衝撃的とも断絶的とも言えるようなクライマックスによって、いつまでも脳裏に残り続ける。この映画もそういった作品になるだろう。


Reviewer : yuki takeuchi

ABOUT THIS FILM

11月2日(土)より、ユーロスペース他全国順次公開

監督・脚本:マイケル・フランコ
出演:テッサ・イア『あの日、欲望の大地で』(08)、ヘルナン・メンドーサ、ゴンザロ・ヴェガJr

(2012年/フランス・メキシコ映画/スペイン語/103分/ビスタサイズ/デジタル/R15+作品)

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