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『パリ、ただよう花』Love and Bruises

もがき、傷つき、愛を求めても、ただ、ただようだけ

“花”という意味の名をもつ中国人のホアは恋人を追って北京からパリへやって来るが、早々に別れを告げられてしまう。かつての恋人のもとへ身を寄せたり、哀しみ暮れてパリの街をただようホアは、あるとき、工事現場で働くマチューに出会う。マチューの強引に誘いに戸惑いながらも会話をし食事をし、次第に打ち解けるように思えた矢先、マチューにチカラづくで体を求められる。しかし、その後、ホアは彼から離れていくどころか、むしろ彼に近づき、そして求め始める。内面の関係を深めようとするよりも欲望に身を任せるように、何度も何度も激しく体を重ね合わせるふたり。

物語のなかで、ことあるごとに(もう1/3くらいそうなんじゃないかと思うほどに)ふたりのセックスシーンが描かれる。その描写が直截的だとか、そういったシーンばかりなのが衝撃的ですごいとか、それがこの映画の価値だとは思わない。いままでにそういった映画はあったし、もっと過激な、衝撃的な作品は数多くある。また、中国人であるロウ・イエ監督がまだまだ表現に対して厳しい母国において果敢に表現を追い求めていることは、中国の映画を発展させる功績であると思うが(『天安門、恋人たち』は天安門事件を扱っていたことや過激なセックスシーンがあったことから中国側から上映を禁止されたが、当局を無視してカンヌ映画祭でこれを上映したことで中国国内での映画製作を5年間禁止された。本作と前作『スプリング・フィーバー』はその期間に撮影された)、そのことだけをもって、この作品が素晴らしいのだということも思わない。

ホアは、マチューとの出会いからしてそうだが、決して他人から羨ましがられるような幸せな関係を彼(マチュー以外であっても)との間に築いているようには見えない。ときおりマチューは(愛情を込めてではあるだろうが)ホアを「あばずれ」と呼ぶし、幼く、嫉妬深く、ホア自身を仕事仲間との賭けの対象にすらする。決して「出来た男」ではないのに、それでも何故かホアは彼のもとを離れようせず、お互いに肉体を求め続ける。終いにはマチューは決定的な裏切りとも言える秘密すら隠しているというのに。どうして、ホアはこんなに残念な、ダメな感じなのか、と誰だって思ってしまうはず。ただ何も考えなしで行動している女性ということではないように思えるのに。ちょっと理解しずらいところさえある。なぜなら、この映画はホアの心の内を明かすことをしないし、彼女がそんな行動をとる原因があるのかないのかも語らない。そこを語れば腑に落ちることもあるだろうに。ホアにしか理解できない、いや彼女自身ですら自分のことを理解できていないものがあるのかもしれない。その分からなさを、安易に映画的な都合で解決させたりしない。それは、ホアが言葉の枠におさまることを避けているようにも、この映画がホアという主人公を言葉という枠に押し込めてしまうことを避けているようにも思える。マチューに結婚を求められ、ホアがそれを断る理由がどこか真に迫っていないように思えるのは、結婚という言葉の枠に、囲われてしまうことを避けたかったからではないだろうか。ホアは、言葉になる以前の体のなかのカタチにならざるものに従い、もがき、傷を負いながらも必死に愛を探していたのかもしれない。それを見つめるのはどこかヒリヒリするような心を刺激する感覚をもたらす。

また、中国人であり母国では通訳の仕事があって、パリでは学生として暮らすホア。工事現場で肉体労働をし、パリ郊外の寂れた団地に住むマチュー。どちらかと言えばブルジョアで知的な職をもつホアに対して、決して裕福ではない部類に入るだろう粗暴な性格をもつマチュー。単なるふたりの世界なのではなく、人種や文化、格差が多様化する(マチューが隠している秘密にもそれ表れている)社会や成長する中国と相対するフランスという現代性をうっすらと背景に滲ませているようにも思える。フランスの映像は美しいがどこかくすんだ雰囲気があり、ホアが帰る中国は反対に雑多ではあるがどこか活気があるように見える。

幸せな状況とは言えない、むしろ痛々しい物語なのだが、それでもときおり豊かに見えたり、瞬間の美しさを湛えていたりするのは、ホアやマチューの生々しい(理屈にはならない)存在感とそれを捉える素晴らし映像と音楽という、まさに映画のチカラがあるからだろう。ホアがパリの街中をさまようシーンでの寄り添うように彼女の表情とパリの街並を捉えるカットの連続、切り返しではなく回り込むように動きホアとマチューを捉えるカメラの動き、部屋にいるふたりを捉えているカメラが窓にひろがる街並にふと視線を向ける瞬間、繊細な光の色彩や陰影とその中に浮かぶ街や裸体など。テンポのよい編集と控えめながらも叙情的な音楽。目を逸らしたくなるような状況のなかで、それらが美しく、ときに大袈裟ではないがダイナミックで、ハッとさせられる程で、観る者の目をスクリーンに引き戻す。ホアの直線的なまなざしや痛みや美しさに引き裂かれるような感覚に陥る。

そして、この映画はどこか観る者の内面を照らし出すところがあるのではないだろうか。愛を探して、傷を負いながらも(本作の英題はLove and Bruises=愛と傷だ)、それでもまだ求め続けるホアの埋まらない喪失感と、この映画におけるホアの行動原理の喪失は、観る者自身の愛や欲望の経験や思いの引出しを開けさせるのではないだろうか。そのとき観客は自分自身の「愛の問題」を顧みることことになるのかもしれない。


Reviewer : yuki takeuchi

ABOUT THIS FILM

2013年12月21日(土)より、渋谷アップリンク、新宿K's cinemaほか全国順次公開

監督:ロウ・イエ
脚本:リウ・ジエ、ロウ・イエ
撮影:ユー・リクウァイ
キャスト:コリーヌ・ヤン、タハール・ラヒム、ジャリヌ・レスペール、ヴァンサン・ロティエ、シフォン・シャオ、チャン・ソンウェン、パトリック・ミル、アデル・アド

(仏・中国/2011年/105分)

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