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『世界一美しい本を作る男 -シュタイデルとの旅-』How to make a book with Steidl

このドキュメンタリーがあなたを美しい本へと導く。

“世界一美しい本”とはどれほどのものなのだろうか? 期待して観ると、やや肩すかしを食うことだろう。なぜなら、少し大袈裟に言えば、ここで“世界一美しい本”と出会うことはできないからだ。では、どこで“世界一美しい本”に出会うことができるのか?それはスクリーン越しではない。現実の世界であなたがシュタイデルの本を実際に手に取ってはじめて、一流のアーティストたちがこぞって依頼をしたがる出版社の美しい本に、会うことができるのだ。これは、世界一美しい本を“作る男”=ゲルハルト・シュタイデルのドキュメンタリーである。彼の仕事を、彼とアーティトたちの言葉を、私たちは観て、聞くことによって、“美しい本”に実際に触れてみたくなるに違いない。

ドイツの小さな出版社“シュタイデル社”。世界中の著名な作家の本や写真集、シャネルのカタログまでを幅広く手掛け、そこで生まれた本の素晴らしさは「世界一美しい」と称される。シュタイデル社から出版された本のコレクターまでいるほどだ。一代でこの会社を築いた経営者ゲルハルト・シュタイデルは、自社での作業の合間に世界中を飛び回りアーティストたちと綿密な打つ合わせを繰り返す。それは、本の構成からインクや紙の選定、ときには創作の端緒になるようなことにも及ぶ。本作りに対する卓越した技術と深い知識、完璧主義とも言える徹底した情熱が、アーティストとの間に信頼関係を築き、そして彼らやそれを手にする読者までを虜にする“世界一美しい本”を生み出す。

シュタイデルの経営者としての、そして本を生み出す職人としての哲学。彼の頭脳が顕在化したような仕事場や旅をともにするスーツケースの中身。メールや電話ではなく直接アーティスト本人に会い、綿密で真摯なコミュニケーションの相互理解のなかで見出される最良のアイデア。誇りをもって追求されていく細部。そして完成されるカタチ=本。それはひとりの人間の物作りの哲学でもあり、ひとつの素晴しいビジネスモデルとも言えるかもしれない。

シュタイデルとともに本を生み出すのは、ロバート・フランク、マーティン・パー、ウィリアム・エグルストン、ジェフ・ウォール、エド・ルシェ、リー・フリードランダー、ジョエル・スタンフェルド、ロバート・アダムスなど。錚々たる写真家たちや彼らの作品が登場する。作品や写真集の誕生の瞬間に立ち会い、アイデアを求め、ときに寛いだ時間のなかで談笑を交わす。アーティストたちの普段は観ることができない光景を目にすることができるため、写真好きな方(とくに写真家の作品や写真集を見ることが好きな方)にとっては、本当に堪らないシーンの連続だ。また、ノーベル賞作家ギュンター・グラスやシャネルのデザイナー、カール・ラガーフェルドもシュタイデルを信頼するクライアントとして登場する。

あるアーティストは、シュタイデルとの会話のなかで語る。「本に香りがあることは忘れられつつある」と。インクの匂いや紙の手触り、持ったときの重さなど、デジタル化や大量生産という流れのなかで失われつつある感覚。シュタイデル社から出版される本には、それらがあたかもオーラのよう存在している。また、ある写真家は、銀塩フィルムが失われ、次第にデジタルフォトにシフトす写真表現に危機感を唱える。そこには、経済的な利便性や合理化や芸術表現の変容に対する数多くの示唆が含まれているように思われる。

ここに“世界一美しい本”を具体的に示す映像はあまりない。だからこそ逆説的に、シュタイデル社の“世界一美しい本”を実際に見てみたくなるはずだ。このドキュメンタリーは、デジタルではないリアルな感触で、あなたと本を結びつける。いや、もう必ずシュタイデ社の本である必要はない。自分自身が見て、触れて、そしてページをめくり、“美しい”と感じ、いつまでも大事に携えていたいと思う、そんな本をきっと探しに出かけたくなるはずだ。


Reviewer : yuki takeuchi

ABOUT THIS FILM

9月21日(土)シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー!

監督:ゲレオン・ヴェツェル(『エル・ブリの秘密 世界一予約のとれないレストラン 』)& ヨルグ・アドルフ
出演:ゲルハルト・シュタイデル、ギュンター・グラス、カール・ラガーフェルド、ロバート・フランク、ジョエル・スタンフェルド

2010年/ドイツ/88分/カラー

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