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『もらとりあむタマ子』

前田敦子が“もらとりあむ”なぐうたら女子に!山下敦弘監督が描く父娘の物語

なにはともあれこの作品を紹介するのに、スクリーンに映える前田敦子という存在の素晴らしさに触れないわけにはいかないと思う。不勉強ながらAKB48時代のアイドルとしての彼女も、その頃からときおりドラマや映画などで観ることができた女優としての彼女も、あまり観ていなかった。本作の山下敦弘監督による『苦役列車』ではヒロイン役を演じていたのだけども、この『もらとりむタマ子』での前田敦子=タマ子は、すごくいい。「あれ、こんなにいい女優さんだったのか」という驚きでもある。

大学を卒業したものの就職もせず、父がひとり暮らしをする甲府の実家に帰省してきたタマ子、23才。寝て、起きて、マンガを読む。食事の支度も自分の洗濯物もすべて父親まかせ。近所の中学生には同情され、地元に帰省してきた同級生ともうまく交流できない。「就職活動くらいしろ」と父親にさとされれば、逆ギレして口論がはじまる。テレビにむけて悪態をつく…。

どう見てもダメ感じのタマ子を演じる前田敦子がとてもハマっている。でもそれは、前田敦子の素がそうだということではなく、山下監督が言うようにまっさらな状態にすっと“タマ子”が入っている感じで、とても自然なのだ。していることといえば、ぐうたらしているだけなのだけど、そこにとても存在感があって、表現豊かで、とても愛嬌がある。今までのアイドルとしての前田敦子の印象が少しずつ変わっていく。そして、これからはじまるであろう(映画)女優としての前田敦子に期待に変わっていく。

物語自体はとても平穏なのんびりした雰囲気なので、一見何気ない作品に見えるかもしれない。しかし、それは山下監督。脚本は、長年監督とコンビを組み、昨今活躍が目覚ましい向井康介。しかも、久々のオリジナル作品。タマ子が1年を通じてまざまな人々たちと接するなかで見せる様々な表情、行動、そして些細な変化が、とても巧みになることなく描かれている。季節の描き方もとても細やかでいい。近しいのか離れているのか微妙な距離感をもった父との関係、近所の中学生との不思議な交流、同級生との再会の一幕など、山下・向井康介でしかもオリジナル作品のコンビだからこそ、描けたとも言える。会話の作り方もとても巧いし、こまかいネタ感も満載で楽しい(例えば、タマ子が漫画「天然コケッコー」を呼んでたりする)。本作は、MUSIC ON! TVの企画で季節ごとの短いID映像(CMのようなもの)から始まったということで、少しずつ制作され最終的には9ヶ月にわたったという。それが、普段の映画制作とは違ったゆったりとしていて、腰の据わった、落ち着いた雰囲気を醸し出していることに繋がったのかもしない。

作品全体の雰囲気はとてもリラックスしたものだけど、なにげない会話やひとつひとつ映像まで細かく作り込まれている印象がある。ほどけた内容に何度も笑みがこぼれるし、父親役の康すおんも素晴らしく、とてもよく出来た父娘の物語でもある。

女優・前田敦子はたぶんこれから多くの映画に出て活躍していくだろう(先日、第8回ローマ国際映画祭で、前田敦子主演の黒沢清監督作『Seventh Code』が監督賞と優れた技術に贈られる技術貢献賞を受賞したというニュースが飛び込んできている)。そのきっかけがこの作品になるに違いない。


Reviewer : yuki takeuchi

ABOUT THIS FILM

11/23(土・祝)より、新宿武蔵野館他全国順次ロードショー!

MUSIC ON! TV + KING RECORDS Presents
出演:前田敦子、康すおん、伊東清矢、鈴木慶一、中村久美、富田靖子
監督:山下敦弘 脚本:向井康介
主題歌:星野 源 「季節」(SPEEDSTAR RECORDS)

配給:ビターズ・エンド
(2013/日本/78分/カラー/1:1.85/5.1ch)

TRAILER