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『ザ・マスター』THE MASTER

圧倒的な名演と研ぎすまれた演出による傑作

『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』から5年、第69回ヴェネチア映画祭にて銀獅子賞・優秀男優賞(ホアキン・フェニックス&フィリップ・シーモア・ホフマンW受賞)・国際批評家連盟賞という3冠に輝いたポール・トーマス・アンダーソンの傑作が遂に公開される。

第二次世界大戦から帰還したフレディ(ホアキン・フェニックス)は、戦地からの後遺症とも言えるアルコール依存症から抜け出せず、一般の生活からは逸脱した放浪生活を送っていた。しかし、ひょんなことから飛び乗った船の上で、ランカスター・トッド(フィリップ・シーモア・ホフマン)と出会う。彼は、独自のメソッドで人々を救済する新興宗教「ザ・コーズ」の指導者“ザ・マスター”であった。このふたりの出会いが、教団を、そしてフレディとランカスターの人生を大きく変えていく。

いままでに観たどの役柄よりも圧倒的な存在感を放つホアキン・フェニックス。脳裏に焼き付いて離れない、猫背で両腕をだらり垂らすその姿形と歪な感情をたたえる表情。そして、諸刃の剣のような快活で端然とした振る舞いと影(それは彼の妻であるエイミー・アダムスでもある)。フレディとランカスターの強烈なコントラスト。それは、主従関係であると同時に愛憎でもあり、50年代のアメリカにおける父と子の葛藤の物語のようでもある。そして教団というある種の家族。誰にもつけいる隙のない、常人には(観客にすら)入り込めないようなふたりのつながりを、ただ目の当たりにするだけだ。

そして、冒頭の圧倒的な海の碧さでいっきに観る者を鷲掴みにする65mmの“フィルム”の美しさ。それはマスターピースと呼ばれているような往年の名作たちを心のなかで蘇らせる。50年代のアメリカを象徴するような色彩を際立たせ、そして苦悩するフレディや紅潮するトッドの表情を鮮やかに映し出す。前作に引き続き、レディオ・ヘッドのジョニー・グリーンウッドによる音楽も素晴らしい。

彼らの運命やつながりは、人知や言葉を越えたところにある。そこに理屈なんていらないのだ。第二次大戦のトラウマや新興宗教による救済、アルコール依存、そしてフレディとランカスターのつながりは、容易に言葉で集約できるようには描かれていない。人生はときとして、抗うことのできない大きな渦に巻き込まれていく。それを観る者に体感させてくれる。大きなチカラの衝突が人生という巨大な物語を駆動させ、鮮烈な映像を観る者を取り込み、さらに遠くへ遠くへと導いていく。

それは、まさしくポール・トーマス・アンダーソンが描き続けてきたテーマに他ならない。そして、いままで何度となく観る者を魅了し続けた卓越した演出は、ここにきて、さらに研ぎすまされた。圧巻で濃密な138分間のまぎれもない傑作だ。

次回作は、トマス・ピンチョンの小説「LAヴァイス」(英題「Inherent Vice」)の映画化なると言われている。70年代のカリフォルニアを舞台にした私立探偵ものだが、早々にこちらも楽しみでならない。


Reviewer : yuki takeuchi

ABOUT THIS FILM

3月22日(金)TOHOシネマズ シャンテ、新宿バルト9ほか全国ロードショー
(アメリカ/カラー/138分/R-15)

監督・脚本・製作:ポール・トーマス・アンダーソン
共同プロデューサー:ジョアン・セラー、ダニエル・ルビ、ミーガン・エリソン
音楽:ジョニー・グリーンウッド
出演:ホアキン・フェニックス、フィリップ・シーモア・ホフマン、エイミー・アダムス、ローラ・ダーン

配給:ファントム・フィルム

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