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『ぼくを探しに』ATTILA MARCEL

『ベルヴィル・ランデブー』『イリュージョニスト』の監督の記憶を巡る不思議な物語

幼い頃に両親を失い、そのショックで言葉を失ったポールは、ふたりの伯母とともに暮らしている。自宅でピアノを弾き、伯母たちのダンス教室でもピアノを弾く。ただそれを繰り返す、たまに伯母の知り合いが家に集まって来る、そんな「現在」だけを繰り返しているような生活。でもポールは、それが幸せかそうでないかなんて、なんの疑いもなくただピアノを愛して、そして日々を過ごしているだけ。しかし、あるとき同じアパルトマンの下の階にすむ不思議なマダム・プルーストと出会うと彼の人生は、少しづつ変化していく…。この映画の原題はATTILA MARCEL アッティラ・マルセル。不思議なマダムの名は、プルースト。そう、この物語は“失われた時を求めて”動き出す。マダム・プルーストが淹れる不思議なハーブティーを飲むと意識は一気に過去へ。ポールは、失われていた両親の記憶を、過去を取り戻そうと伯母たちには内緒で、マダム・プルーストの元へ通いはじめる…。

2003年に公開され世界中で絶賛されたシルヴァン・ショメ監督、初の長編アニメーション作品『ベルヴィル・ランデブー』。ほとんどセリフなし、強烈なキャラクターたちが縦横無尽に動き回る、ノスタルジックな映像と数々の往年の映画へのオマージュ、ジャズやクラシック、ミュゼットなど音楽に彩られたちょっとへんてこな、大都会の中で孫を捜すマダム・スーザの物語。この映画のなかで使われていたのが「アッティラ・マルセル」。ここから本作のインスピレーションは始まっている。2006年にはオムニバス映画『パリ、ジュ・テーム』で初の実写で短編を発表。その後、ショメ監督は、2010年に喜劇役者で映画監督のジャック・タチの幻の遺稿をアニメーション作品で蘇らせる。『イリュージョニスト』はひとり巡業に回る年老いた奇術師(それはまさにジャック・タチそのもの)とある街で出会う少女の物語。セリフを排し、素晴らしい音楽とキャラクターたちの表情や動きで登場人物たちの感情やその場の空気を描き出し、美しくも、ほんのり哀しい魔法のような瞬間を生み出した。

そんなショメ監督の初の長編実写映画となる本作。ものを言わない主人公ポールを通して観る者は少しづつ物語のなかに引き込まれていくだろう。彼と一緒に“失われた過去を求めて”、束の間の時間を過ごすことになる。いつもノスタルジックで可愛らしい同じ服装の伯母たち。室内なのに緑が溢れるマダム・プルーストとの部屋。美しいピアノの曲や様々な音楽、ちょっとした小物や色の使い方まで、隅々まで監督のこだわりが溢れていると関心させられ、観ていて楽しい気分にさせられる。しかし、ポールの過酷な過去が次第に明かされ、記憶を取り戻し始めるとともに彼の周りの現在も次第に変化していく。とまっていた時間が前に進むとともに、全てが明るい方向に進んだり、よい未来だけを獲得していくのではなく、失ったり、置いていかなくてはならないものもある。明るい色彩、美しくて楽しい音楽、溢れるイマジネーションのなかで、そういった苦みが見事に調和している。あっからかんとしているでも、重たく暗いだけなわけでもない。

もちろんポールのような過酷な記憶を軽んじるということではないと前置きをして・・・、誰にでも、なにかの瞬間にふと蘇っては、見なかったことにして、そっとその蓋を閉じたりするような、心の奥底にしまわれて、忘れられているような記憶があるもの。ちょっとしたこと、もう気にもしていないと思っていることでも、もう一度向き合ってみると、もしかしたら、少し先の未来も変わるのかな、なんて思わされてしまう。観終わったあと、そんなことを思わされてしまった、それも少し積極的に…。あれ?マダム・プルーストのハーブティー飲んだっけ?


Reviewer : yuki takeuchi

ABOUT THIS FILM

8月2日(土)よりシネマライズ、シネ・リーブル池袋ほか全国ロードショー

監督・脚本・音楽:シルヴァン・ショメ
出演:ギョーム・グイ、アンヌ・ル・ニ、ベルナデット・ラフォン、エレーヌ・ヴァンサン

(2013 / 106分 / フランス語 / ビスタ / 5.1ch )

配給:トランスフォーマー

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