UNZIP

『イロイロ ぬくもりの記憶』ILO ILO

シンガポールのある家庭を描いた温かさと切なさが心に残る名作

なんとすがすがしく美しい映画なのだろう…。本作で2013年第66回カンヌ映画祭でカメラドール(新人監督賞)を受賞し、世界各国でも様々な賞に輝いたのは、これがデビュー作となる弱冠30歳のアンソニー・チェン監督。シンガポールという、これまでに大きく目立って映画作品が取り上げられることのなかった土地から登場した新しい才能だ。そして本作『イロイロ ぬくもりの記憶』は、フランソワ・トリュフォーの『大人は判ってくれない』をはじめ、数々ある“子供を描いた”名作のなかのひとつに並ぶことになるに違いない。

監督の実体験をもとに描いたという本作は、1997年のシンガポールのある家庭が舞台となる。両親共働きのもとでひとりっ子として育てられたジャールーは、いたずら盛りでわがままな性格。小学校でも授業をまじめに受けずにロトの当選番号をノートに書き写していたりしては、問題を起こして両親を困らせている。母親が妊娠中でもあることから、フィリピン人のメイド、テレサを雇うことになるのだが、突然やってきた部外者にジャールーは心を開こうとしない。テレサが学校へ向かいにいっても、逃げ隠れてしまう。それでも健気に仕事をこなしていくテレサ。テレサは自身の息子を母国に残しながらも働きにシンガポールまでやって来ていることを、ジャールーはやがて知ることなる。共働きの両親ものとでひとりでいることが多かったジャールー。同じく異国の地に、息子のためひとりでやって来たテレサは、少しずつ理解し合うようになる。しかし、時は1997年。アジア通貨危機の不況の影響で、父親は勤めていた会社をクビになってしまい、また、母親は次第に息子と親しくなるテレサに嫉妬に似た感情を抱きはじめ、家庭の歯車は少しずつ軋みはじめる…。

映画のなかで、子供を描くということは珍しいことではない。しかし、それが大人の視点なのか、それとも子供(と同じ高さから)の視点なのかとなる話は別で、本作は数少ない後者なのではないだろうか。クライマックスのジャールーの行為を目の当たりにしたときにそれは確信となった。その行為は大人から見れば、他愛もない、思わず叱ってしまうようないたずらに見えるかもしれないが、ジャールーのその行為には彼(とテレサ)にしか判らない思いが込められている。もちろん、そこに至るまでの物語も素晴しかったのだが、そのシーンを見て心からハッとさせられた。本当にジャールーの視点になっていなければ、あのシーンは撮れないはず。そう思わせられるシーンだったのだ。

本作には、実直で、映画という物語の表現に対して真摯な思いが溢れているように思う。役者それぞれの素晴らしさを美しい映像で静謐に捉えながら、決して大袈裟にならないように、お涙頂戴な表現にならないように注意深くそれぞれのカットを繋いでいる。また、少しユーモアも盛り込んだ、丁寧なストリーテリングも素晴しい。シンガポールの3人+1人ある家族の物語の背景には、少年の成長だけでなく、夫婦間の問題、そして家族の在り方、さらにはシンガポールの社会やアジアの移民問題、様々な人種の価値観など、実に多くのテーマが押し付けがましくない素晴しいバランス感覚で織り込まれている。監督デビュー作だとは到底思えない、とても完成度の高い、温かさと切なさが心に残る名作だ。


Reviewer : yuki takeuchi

ABOUT THIS FILM

12月13日より、新宿K’s cinemaほか全国順次公開

監督・脚本:アンソニー・チェン
制作:アン・フィー・シム、アンソニー・チェン、ワユン・A・ハディ
出演:ヤオ・ヤンヤン、チェン・ティエンウン、アンジェリ・バヤニ、コー・ジャールーほか

シンガポール/2013年/99分/デジタル/カラー/1:1.85/北京語・英語・タガログ語

TRAILER