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『オンリー・ゴッド』ONLY GOD FORGIVES

凄まじく研ぎすまされたニコラス・ウィンディング・レフンの美学

前作『ドライヴ』でカンヌ映画祭監督賞をはじめ数々の受賞したニコラス・ウィンディング・レフン監督。前作と同じくライアン・ゴズリングとタッグを組み作られた、最新作『オンリー・ゴッド』は、多くの観客を唖然とさせるに違いない。ある観客は賛辞を贈り、ある観客は拒否反応を示す、そんな、ある意味でとても危うく刺激的な映画だ。本作が、カルト映画の鬼才アレハンドロ・ホドロフスキーに捧げられているように、観客の理解や解釈などお構いなし、映画のクリシェを破壊しながら突き進み、例えて言うなら、デヴィッド・リンチのような幻惑するような世界観とキューブリックような悠然とした緊迫感で迫りくる。そこにレフン監督らしい暴力と映像の美学が純化され掛け合わせれている。

自身の罪によってアメリカを追われタイ・バンコクにやって来たジュリアン(ライアン・ゴズリング)は、兄のビリーをともにボクシング・クラブを経営しているが、裏では麻薬ビジネスを稼業としていた。しかし、あるとき、兄ビリーは、若い売春婦を殴り殺してしまい、その復讐として売春婦の父親に惨殺される。兄の復讐に乗り出したジュリアンは、その父親が“神”からの裁きを受けたのだと聞く。その“神”とは元警官でタイ・バンコクの裏社会を司るチャンという謎の男。犯罪組織を仕切るジュリアンとビリーの母親クリスタルは、アメリカからやって来ると、最愛の息子を殺された復讐をジュリアンに命令するが、ジュリアンは動こうとしない。母親は別の人物に復讐を代行させようとするが、それが次第にジュリアンとチャンを引き合わせることになり始める。

寡黙で感情を読み取ることが困難なほどに無表情、躊躇いもなく暴力的な行為を行うジュリアン。地元の警官を従え同じく無表情のまま暴力的な行為を行い、事後には悲壮感漂わせタイ語の歌を揚々と唄い上げるチャン。反対に、感情を迸らせジュリアンに激高するクリスタル。観る者を圧倒し、理解すら拒まむような強烈な個性をもったキャラクターたち。血を思わせるような鮮烈な赤と青、全てを呑み込む闇の漆黒の黒や極彩色に彩られたドラッグのような映像世界。神経をピリピリと刺激し、観る者を圧迫するようなカメラワーク。度肝を抜くタイトルバック。ドラマ性まで捨て去ってしまったような、凄まじく研ぎすまされたなかで、終局に向かって脇目もふらず悠然と突き進んでいく。

唯一、何かを理解できるのだとしたら、それは原題のOnly God Forgivesという言葉に表れているのではないだろうか。表向きは復讐の連鎖の物語のように見えるが、ジュリアンは、兄の復讐を果たすべくチャンと対峙するのではなく、むしろ、チャンを自身の罪を裁いてくれる神のような存在であると見なしているのではないだろうか。神と対峙し、突き進んで行くと同時に、神の裁きを受けて許しを得ることを望む。“神のみによって許される”。ジュリアンの罪とは、自分の父親をその拳で殴り殺したという行為であり、そのため、彼はアメリカを追われてタイにやって来た。ジュリアンは、繰り返し繰り返し、自身の両手をじっと見つめるのだ。そして、ジュリアンは、チャンと対峙して、その拳を交わす。ジュリアンは罪であるその拳にケリをつけようとしているように思える。

レフン監督は「ライアンとは一心同体」と発言し、また、「(この映画で)フルスピードで創造性の衝突を起こしてみたかった」とも語る。ジュリアン=ライアン=レフンなのだと考えれば、ジュリアンが神であるチャンに裁かれるため挑みかかったように、レフン監督は、全てのこと(観客や批評も含め?)を無視して、いままでの作品で培った自身の感性を純化させて、自らのためだけに映画という表現に真っ向から突き進み、誰でもない、映画の神のみに裁かれようとしたのかもしれないと思える。

だからこそ、ヤバい男を観てしまったという衝撃的な印象が脳裏にこびりついて離れないのだ。


Reviewer : yuki takeuchi

ABOUT THIS FILM

2014年1月25日(土)、新宿バルト9他全国公開

出演:ライアン・ゴズリング、クリスティン・スコット・トーマス、ヴィタヤ・パンスリンガム、ラター・ポーガーム、ゴードン・ブラウン、トム・バーグ
監督・脚本:ニコラス・ウィンディング・レフン
撮影:ラリー・スミス
音楽:クリフ・マルチネス

2013年/デンマーク・フランス/ビスタ/カラー/dcp5.1ch/90分

配給:クロックワークス、コムストック・グループ

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