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『鉄くず拾いの物語』An Episode in the Life of an Iron Picker

この物語を、少しでも自分のことのように思い、考えることができるだろうか。

ボスニア紛争を描いたデビュー作『ノー・マンズ・ランド』で数々の賞に輝いたダニス・タノヴィッチ監督は、この最新作でも世界中から称賛を浴びている。2013年ベルリン国際映画祭銀熊賞ダブル受賞(審査員グランプリ、主演男優賞)、そして第86回アカデミー賞外国語映画賞候補作品にも選ばれた。

監督は、2011年末にある新聞記事を見て、この映画を制作した。ボスニア・ヘルツェゴヴィナのある村に住むロマ民族の女性セナダが、命に関わる病状のなか、保険証を持っていないという理由で手術を受けることができなかったのだ。ロマ人は歴史的、宗教的、そして政治的にも、昔から迫害を受けてきた少数民族で、その現状はいまでも変わらないために貧困かつ社会的権利を持っていないことが多い。夫のナジフも同様に、鉄くずを拾うことでようやく生計を立てているほどだ。そんな状況を憂慮した監督は「何とか映画にして世間に訴えなければいけない」と立ち上がり、当事者である彼らを説得し出演させ、自主製作として、Canon Eos Mark-IIというデジタル一眼レフカメラを使い、9日間で撮り上げた。そして、前途の通り作品は大きな反響を呼び、ナジフは主演男優賞にまで輝き、保険証まで手に入れた。映画が彼らの実人生を変えたのだ。

そのような栄光とは裏腹に、このセミ・ドキュメンタリーのような映画はとても静かだ。誇張するような演出はまったくない。ただただ、彼らが体験したことを再現するかのように淡々と生々しい映像をつないでいくだけだ。

ロマ人差別の問題やボスニア・ヘルツェゴヴィナという国の情勢というのは、ヨーロッパの人々にとってはとても身近な、歴史の長い問題でもある。だからこそ、この真摯な姿勢が高く評価されたのだろう。しかし、わたしたち日本人を含め、それらの問題とは身近ではない人々にとって、この静かな作品と大きな反響に、一見、心理的な距離感を感じてしまうかもしれない。

もちろん、ロマやボスニア・ヘルツェゴヴィナの問題を世間に訴えることが前提としてあるのだが、しかし、この作品はそれらの問題だけに終始しているとは言えないのではないだろうか。

監督が自ら「我々も違う場所に行けば少数民族になるかもしれない」と言うように、ここには広義での人種・民族意識の問題も含まれているのではないだろうか。アメリカでは将来的にヒスパニックが白人の人口を越えて、最大のマジョリティになるとも言われている。日本においても将来的にはもっと多くの日本国籍である混血の人々が増えるだろう。世界的に見て、そういったことは他人事ではない。彼らと同じように、翻って自分たちが、将来的にマイノリティ=社会的な弱者になることだってあるかもしれない。非純血や他民族・人種、少数であることを排他的なネガティブなこととするのは、非建設的なことだ。さらには、格差社会と言われるような現代において、いつ自分が彼らと同じように、社会的、経済的な弱者に陥るか分からない。隣人が貧困などに苦しんでいることに気づかない、働くことができない、保険証を持つことができない、そういったことも当たり前のようにある世の中なのだ。

そうやって、この物語を自分のことのように引きつけることができたとき、雪降る中で彼らが感じていた凍てつくような寒さが、急に我が身に染みてくる。

「我々は世界をよく見て、よく考え、そして理解し、どういうふうにしていきたいのかということを考えることが、まず大切」 と監督は語る。隣人を自分自身ように愛せといった言葉があるように、本当の隣人も、近くの隣国も、遠い世界も、そのものを自分のことのように感じ、「よく見て、よく考え、そして理解し」、そしてどうすべきか考える必要があるのではないだろうか。この作品は、そんなふうに感じさせてくれる。


Reviewer : yuki takeuchi

ABOUT THIS FILM

2014年1月11日(土)より新宿武蔵野館ほか全国公開ロードショー

監督・脚本:ダニス・タノヴィッチ
出演:セナダ・アリマノヴィッチ、ナジフ・ムジチ

(ボスニア・ヘルツェゴヴィナ=フランス=スロベニア/2013年/74分/カラー/ビスタサイズ)

配給:ビターズ・エンド

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