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『トム・アット・ザ・ファーム』TOM A LA FERME

若き天才・グザヴィエ・ドランによる愛と狂気のサスペンス

これまでに、日本でグザヴィエ・ドランの作品は『わたしはロランス』『マイ・マザー』『胸騒ぎの恋人』の三作品が発表された。2013年に三作目である『わたしはロランス』が上映されるや瞬く間にその評判はひろがり、1年をかけずそれ以前に撮られていた『マイ・マザー』『胸騒ぎの恋人』も上映され多くの人々を魅了している。ミュージックビデオのような軽快さでポップミュージックを使用し、スローモーションや鮮やか色彩、独特な画面構成と巧みなストーリーテリングといった方法を用いながら、愛というテーマで描いた三部作とも言えるそれらはどれも素晴らしかった。

しかし、驚くことに本作『トム・アット・ザ・ファーム』は、それをも上回る完成度に達しているのではないだろうか。本作はドランにとって、初めて他人が書いた戯曲をもとにした作品で、これまでのドランの私的な部分がどこかしらに反映されているような三作品とは明らかな違いをみせている。先のような軽快さなどは影を潜め、重厚で緊張感のある物語を構築している。

元同僚で恋人のギュームを交通事故で失い、モントリオールからギョームの実家であるケベックの片田舎の農場へやって来る主人公トムは、グザヴィエ・ドラン本人が演じている。車を運転するトムがギュームの生家へと向かう冒頭では、空撮を用いた美しい映像と歌モノの音楽が効果的が用いられ、先の三作品のようなスタイリッシュな雰囲気を感じさせる。しかし、トムがギョームの生家に辿り着くと、画面から漂う空気が一変。色彩を欠いたような重苦しい映像のトーン、闇のように黒く塗りつぶされたような陰影、そしてストリングスを用いた不穏な音。トムと共に異質な空間に足を踏み入れてしまったのだと観客は気づくだろう。トムは、そこでギョームの母親アガットと兄フランシスと出会う。しかし、トムは、フランシスからギョームがゲイであったこと(トムとギョームがホモセクシャルのカップルであった)を隠し通すように言われ、また、母親にはギョームはサラと言うガールフレンドがいたという嘘をついていたことを知らされる。そして、母親の前では、その嘘を重ねていくように強いられる。恋人を失い、悲しみと罪悪感に暮れるトムに、従わざるをえないような命令を下していくフランシス。次第にフランシスの言いなりになり、逃げ出そうとするも捕まり、暴行を受け連れ戻されてしまう。

広大な土地の中にある農場であるから空間的には解放されているにも関わらず、逃げ出さずに、逃げ出せず、閉ざされて、歪んでいく精神。愛する息子を失い悲しみに暮れる母親アガット。真実を知りながらも、その母親を見捨てずにはいられず、家を出て行くことも出来ず、しかも母親は弟へばかり愛を注ぎ、愛を失っているフランシス。トムは嘘を強いられ、ギョームの服をまとい、農場の仕事をさせられていくことで、次第にその嘘と愛で歪んだ空間そのものに取り込まれていく。

これまでにドランの作品にはなかった、往年のジャンル映画を思い起こさせるようなのサイコ・サスペンスを見事に構築しながらも、締め付けられるような重苦しい映像と素晴らしいサウンドトラックによって異質な雰囲気を醸し出し、登場人物の儚い感情を際立たせる。しかも、それらを一瞬にして、醜く歪み官能的ですらある美しい愛の誕生の瞬間の一歩手前に転換させる。その瞬間がとてつもなく美しい。物語のなかでの登場人物たちの嘘や感情が重層的に描かれると共に、サイコ・サスペンスやラブストーリーといったジャンルが巧みに混じり合わされている。とくに、トムとフランシスが対峙するシーンの数々。フランシスがトムの首を締めつけるシーン、美しい光が差し込む納屋のなかでタンゴを踊るシーンは鳥肌が立つほどだ。それが愛だったのか、その一歩手前なのか、嘘の振る舞いなのか…。そもそも登場人物たちの誰もがの本心を曝さずに、それぞれの嘘だけで築き上げられていく。そのテンションがどの瞬間で瓦解するのか、もしくは、そのまま嘘が真実のように結実してしまうのか、その緊張感はあっというまに観客を魅了する。ドラン自身の演技も美しく狂気を帯びていて官能的だ。監督だけでなく、演技者としても素晴らしいの一言。

グザヴィエ・ドランを語るときには、お決まりになりすぎてしまった感があるがどうしても言わざるを得ないのは、これほどの完成度を若干20代の彼が生み出していることへの驚きだ。彼に対して使われる“天才”という言葉は、先の三作品よりも、この作品をもってこそ真実みを増すのではないだろうか。

第5作目になる次回作『Mommy』は2014年に開催された第67回カンヌ国際映画祭で、J.L.ゴダールの作品と共にコンペティション部門の審査員賞に選ばれ、第87回アカデミー賞外国語映画賞のカナダ代表に選出されている。


Reviewer : yuki takeuchi

ABOUT THIS FILM

2014年10月25日 新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町、渋谷アップリンク、テアトル梅田ほか、全国順次公開

監督、脚本、編集、衣装:グザヴィエ・ドラン
原作・脚本:ミシェル・マルク・ブシャール
出演:グザヴィエ・ドラン、ピエール=イヴ・カルディナル、リズ・ロワ、エヴリーヌ・ブロシュ

配給、宣伝:アップリンク
(2013年/カナダ・フランス/102分/フランス語/カラー/1:1.85/DCP)

TRAILER