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『アンジェリカの微笑み』The Strange Case of Angelica

巨匠マノエル・ド・オリヴェイラによる、なんとも穏やかで美しい愛と死の幻想譚

世界から敬愛され続け、2015年4月2日に106歳で現役最高齢監督としての生涯を終えた映画監督マノエル・ド・オリヴェイラ。その巨匠が101歳の時に撮り上げた本作『アンジェリカの微笑み』は、なんとも穏やかで美しい愛と死の幻想譚だ。

この物語で描かれる死は、なにも5年後の監督自身の死を予言的に描いていたということではないだろう。しかし、ポルトガルのドウロ河の穏やかさや町の美しさを、そこに感じるのは、当時101歳にしてもなお、絶え間ない創造力を発揮し続けた巨匠だからこそ描きえた死だからなのではないかと思わせる。

物語は、ドウロ河流域の小さな町を対岸から映した美しい夜景から始まる。雨が降る夜中、最近この町にやって来た青年イザクのもとに、写真撮影をしてほしいという依頼が舞い込む。それは、町の富豪の邸宅ポルタシュ館で若くして死んだ娘・アンジェリカの姿を写真に残して欲しいというものだった。はじめは難色を示しつつも撮影することにしたイザクは、邸宅を訪れ、アンジェリカを前にカメラのファインダーを覗くと驚きの瞬間を目撃する。アンジェリカが、彼に向けて瞳を開き微笑みかけたのだ。翌朝、現像した写真の中のアンジェリカが、ふたたび彼に微笑む。当惑したイザクは、食事もとらずに町へ出かける。対岸にある農地へ向かったイザクは、そこにいる農夫たちを撮影する。一方、町ではアンジェリカの葬儀が執り行われていた。どうしてもアンジェリカの微笑みが心から離れていかないイザク。あれは幻だったのか、それともこれは愛なのか。イザクは次第にアンジェリカに心囚われていく…。

こうしてあらすじを説明すると、オカルトやホラーのようだが、全くそんなことはなく、むしろ、心穏やかに絵画でも観ているような感覚すらある。そして、この物語の中の死の穏やかさ、美しいさは、とても幻惑的だ。穏やかで美しいのだが、なにか危険な誘いを感じるような…。マノエル・ド・オリヴェイラの魔術師のような手際に魅了されてしまっている、というところだろうか。

また、物語の舞台となる町の中心をドウロ河が流れるように、様々なことがあちら側とこちら側で並存し、相反している。イザクの生とアンジェリカの死、イザクが見る現実と幻(または夢)、昼と夜、農夫たちの手仕事とイザクのカメラ(機械)、物語中で流れるショパンのピアノソナタ3番と農夫たちが朴訥と歌う労働歌、宗派の違い、などなど。さまざまな対比と同化が、静かに反射し合い独特な雰囲気を醸し出す。なんだか古き良き時代の名作を観ているようでもあり、今まで観たこともないような不思議な瑞々しさをも感じる(101歳の巨匠が生んだ作品が瑞々しいだなんて!)。そして、なにかにつけて意味を見出したがったり、何かと何かの間に境界線を引いて分けてしまいたくなる私たちの心を、軽やかに翻してみせてくれたマノエル・ド・オリヴェイラには、やはり素晴らしいという言葉しかない。


Reviewer : yuki takeuchi

ABOUT THIS FILM

12月5日(土)より Bunkamuraル・シネマ他全国順次ロードショー

監督・脚本:マノエル・ド・オリヴェイラ
出演:リカルド・トレパ、ピラール・ロペス・デ・アジャラ、レオノール・シルヴェイラ、ルイス・ミゲル・シントラ、イザベル・ルート

2010/ポルトガル・スペイン・フランス・ブラジル/97分/カラー

原題:The Strange Case of Angelica
配給:クレストインターナショナル

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