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『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』BIRDMAN or (The Unexpected Virtue of Ignorance)

復活を目指す男の現実と幻想が交錯する物語が、新しい映画の地平へ飛躍する!

20年前に映画シリーズが大ヒットし、いまでも愛されつづけるヒーロー、“バードマン”。しかし、そのバードマンを演じていたイーガンはその後ヒット作にも恵まれず、結婚にも失敗。彼はそんな落ちぶれた生活から復活を遂げて、新たな飛躍へと向かうために、自ら脚本・演出・主演をした作品でブロードウェイの舞台に立とうとする。しかし、代役でやって来た実力派俳優マイクはわがままで、しかも舞台上でイーガンを喰ってしまいそうな存在感を放ち、アシスタントにつけた娘のサムとは対立したまま歩み寄れないまま。遂には、“バードマン”が現実に彼に話しかけてくる始末。立て続けに降りかかるトラブルを抱えたまま、それでも愚直に自らを信じ続けるイーガンは舞台へ向かおうとする。果たしてイーガンに新たな飛躍は訪れるのか…。

ストーリーは実にシンプルだ。アメリカ映画界の現実をシニカルに、ブラックに描きながら、自らの名声と愛を取り戻すべく復活を目指す男の物語。ハリウッドにはどストレートに響いたことだろう。アメリカでの大ヒットも納得出来る。しかし、この作品の素晴らしさはここだけにあるのではない。何を語るかではなく、“どのように”語るかが、この作品をこれまでに観たことのないような傑作にしているのではないだろうか。

冒頭からラストまでワンカットと見紛うほどの驚異のカメラワーク

まずは、『ゼロ・グラビティ』で昨年のアカデミー賞撮影賞を受賞したエマニュエル・ルベッキによる冒頭からラストまでワンカットと見紛うほどの驚異のカメラワーク。流れの中で出演者たちが寸分のズレもなくフレームイン/アウトを繰り返していくさま、そして出演者から漲るどこか異様なテンションは、作品全体に類い稀な臨場感と緊迫感を与える。役柄から『バットマン』も思い起こさせるマイケル・キートンをはじめ、エドワード・ノートン、「アメイジング・スパイダーマン」シリーズや『マジック・イン・ムーンライト』で今最も注目の女優、エマ・ストーンなど出演陣も素晴らしい。映画といえば編集の芸術とも言われるが、編集/カット割りによって演出するという手法ではなく、観ることができるの世界が一つのカット(視界)の中にだけ存在しているというのは、ある意味、私たちがこの目で観ている編集されていない世界のようでもあり、目の前で生成される瞬間の連続を観るという感覚は、イーガンが挑む舞台を観ることにもどこか近い。映画と演劇の間を浮遊しているような感覚も覚える。

まさに“マジックリアリズム”、現実と幻想が交錯する物語

そして、イーガンの前に名声と愛の象徴でもあるバードマンが姿を現わすように、本作は現実と幻想が交錯する。なんとも、ど肝を抜かれるのは、実はこの“交錯”は作品のど頭からやってくる。例えば、映画の中での虚構や非現実的なことは、ある程度、線引きをされて描かれるものだ。それが、ここは現実/ここは虚構ということを示すためのカット割りだったりする。そうでなくても観客には(あそこはそうだよね、というふうに)ある程度分別できるような演出というのはあるだろう。しかし、ワンカットであることが、現実と幻想の境界なくし、同列の直線の流れの中に存在させる。しかも、なんということか、現実と幻想も全く同等に描かれるのだ、最後の最後まで。そこで、アレハンドロ・G・イニャリトゥ監督がメキシコ出身であることからも思い起こされるのが、“マジックリアリズム”だ。ボルヘスや『百年の孤独』のガルシア=マルケスを代表とするラテン・アメリカ文学に顕著な、非現実と現実を境なく同列に描く表現方法だが、そういう意味では、『バードマン』はマジックリアリズム映画と言うこともできるだろう。しかも、かなり実験的とも言えるこの手法・演出を取りつつも、エンターテイメント作品としてもなりっていて、そのメインストリームであるアカデミー賞で最多4部門(作品賞、監督賞、脚本賞、撮影賞)を受賞したことが何よりもこの作品のすごさを物語っている。

シンプルで、豪快かつ繊細に物語を演出するドラム・スコア

『バードマン』のスコア(音楽)はジャス・ドラマーのアントニオ・サンチェスが手がけている。現実と幻想が同居する本作では、だからこそ?その音を奏でているドラム奏者までもが、イーガンと同じ世界に存在する。街中である男がドラムを叩く音がそのまま映画の音楽として融合するのはまだ分かるが、存在する筈のない場所でも男がドラムを叩いていたりするのだ。そして、このドラムソロの音が素晴らしく物語に見事にマッチしてる。シンプルで、豪快かつ繊細に物語に寄り添う。演技に合わせて、その場で即興演奏しているかのよう。加えて、ドラムの音が、スクリーンに映し出されるクレジットと合わさり、それだけでも相当かっこいい。

映画を革新するメキシコ出身の才能たち

そのアントニオ・サンチェスもまた監督と同じくメキシコ出身であり、本作には脚本や製作などメキシコや中南米出身のスタッフが多い(監督がアカデミー賞のスピーチでも語っていたように)。撮影のエマニュエル・ルベッキもそうだし、彼と共に前回のアカデミー賞で監督賞と撮影賞を受賞した『ゼロ・グラビティ』のアルフォンソ・キュアロン監督(『ゼロ・グラビティ』で宙を彷徨った主人公が辿り着いた地平、『バードマン』で地に堕ちたイーガンが最後に目指す飛躍。物語としては何の関係もないが、この二つの作品を比較してみるのもまた面白いかもしれない。)、『パシフィック・リム』のギレルモ・デル・トロもまたメキシコ出身の映画監督なのだ。イニャリトゥ、キュアロン、デル・トロは共同で映画製作会社も設立している。そもそもメキシコには、ルイス・ブニュエルがいる!アレハンドロ・ホドロフスキーもいる!先述した3人の監督が現在、それぞれのキャリアで非常にユニークな作品を作りながらも、メインストリームでも大ヒット作品を生み出す、その傍らではマイケル・フランコ(『父の秘密』)、カルロス・ルイガダス(『闇のあとの光』)という新しい才能も現れはじめている。なんて錚々たる才能、なんて豊かな土壌なんだろう!

名声や「いいね」を欲しがることが生み出すもの

現実と幻想とともに、愛や名声を取り戻しすため突き進む、イーガン。あるトラブルでブロードウェイのど真ん中をパンツ一丁で歩くイーガンを見かける人々はスマートフォンを彼に向ける。「いいね」を欲しがるようなこと、名声を得ようと躍起になるようなこと、この二つはどこか似ているように思える。例えば、名声や「いいね」を幻想的なものだと考えるならば、リーガンはかつてのバードマンのようになれたのだろうか? 幻想を手にするには、その代わりに何か失わなければらないのだろうか? 個人的にはそこに、この映画の辛辣なメッセージを込められいるようにも思える。しかし、人は無知がもたらす予期せぬ奇跡を起こすこともある。とくに、愛については、だ。


Reviewer : yuki takeuchi

ABOUT THIS FILM

4月10日(金)、TOHOシネマズ シャンテほか 全国ロードショー

監督:アレハンドロ・G・イニャリトゥ
撮影:エマニュエル・ルベツキ
ドラム・スコア:アントニオ・サンチェス
キャスト:マイケル・キートン、ザック・ガリフィナーキス、エドワード・ノートン、アンドレア・ライズブロー、エイミー・ライアン、エマ・ストーン、ナオミ・ワッツ

2014年/アメリカ/英語/カラー/ヴィスタサイズ/120分/日本語字幕:稲田 嵯裕里

配給:20世紀フォックス映画

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