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『神々のたそがれ』HARD TO BE A GOD

巨匠アレクセイ・ゲルマンの遺作は言葉すら奪う圧倒的な傑作!

アレクサンドル・ソクーロフ、アンドレイ・タルコフスキーと並び、ソビエト映画が生んだ巨匠アレクセイ・ゲルマン、最後の作品『神々のたそがれ』。

一画面、一画面に込められた膨大な熱量と質量。それが3時間という長尺のなかで、絶え間なく、一瞬の油断もなく続く、圧倒的なシーンの連続。グロテスク、または美しい。地球より800年ほど文明が遅れている惑星。文明発展の兆しすらみせない都市アルカナルで行われる、圧政、殺戮、知的財産の抹殺という蛮行。教養や知識とは真逆の方向に進んでいく人、人、人、、、。降り続く雨とつねに泥濘む地面の汚泥。この惑星に調査団として派遣されたが、それをただ傍観することしかできない、この土地の人々に神のごとく扱われている一人の男。この男は、この映画を観る私たちそのものなのだろうか。繰り返される愚かな行為をただ傍観することしかできない神。この映画の原作のタイトルでもあり、英題でもある”HARD TO BE A GOD”。この地球のことであるとも言えるのか、どうか…。

しかし、あらすじやどんなメッセージがあるかなんて、観ていればふっとんでしまう。ただただ、凄まじい画面に圧倒されるばかり。例えば、「地球からやってきた調査団の男がある惑星で体験した物語」であるこの(一応の)SF映画を、昨今に大ヒットした宇宙を舞台にしたような映画たちと比べてみると、最新技術やVFX、3Dが駆使されたそれらの映画のなんと“かわいらしい”ことか。最新技術やVFX、3Dは新しい映画体験をもたらしてくれている、観たこともない映像を観ることもできる。しかし、『神々のたそがれ』が孕んでいる圧倒的な密度、質量は、おそらく最新技術や3Dでは生まれない。最新技術やVFX、3Dではない、本当の実態が、身体が、建物が、降り続く雨が、立ち籠める霞が、汚泥に満ちた地面がカメラの前に存在して、スクリーンに圧倒的な迫力、規模、チカラをもたらしている。創造力に対する微塵の妥協すら垣間見せない。そこにはソクーロフ、タルコフスキーだけでなく、黒澤明、イングマール・ベルイマン、フェデリコ・フェリーニ、ジョン・フォードの映画に込められていた熱量と同じものがある。これが21世紀の映画だとは…。

そして、アレクセイ・ゲルマンの頭のなかにしかないこの圧倒的な創造力はもう誰にも否定できない。物語は難解、グロテスクだったり、ときに美しかったりする圧倒的な映像、それを3時間も観るのだ。こうなったらもう好き嫌いでしかないのかもしれない。でも、常人の理解を超えた圧倒的な芸術は、そういうものだったりしないだろうか?観る者のエネルギーを否応なしに奪いながら、それに見合った(それが感動か高揚か失望か不快かは分からないが)強烈な体験をもたらしてくれる。

ちなみに、私は鑑賞後、呆然としながら「これはもう一度観ないと(体験しないと)いけない」と思った。


Reviewer : yuki takeuchi

ABOUT THIS FILM

3/21(土)〜渋谷・ユーロスペースにてロードショー、以下全国順次公開

監督:アレクセイ・ゲルマン
脚本:アレクセイ・ゲルマン、スヴェトラーナ・カルマリータ
原作:ストルガツキー兄弟
撮影:ウラジーミル・イリイン、ユーリー・クリメンコ
出演:レオニード・ヤルモルニク、アレクサンドル・チュトゥコ、ユーリー・アレクセーヴィチ・ツリーロ、エヴゲーニー・ゲルチャコフ、ナタリア・マテーワ

2013/ 原題:Трудно быть богом/ 製作国:ロシア/ 本編尺:177分/ 撮影:35mm/ 上映:DCP

TRAILER