ハンググライダーを初体験するTVキャスターを手持ちカメラが追う、ドキュメンタリー映像風の荒いタッチ。「1976年」と出るので四半世紀(27年)前、たぶん最先端スポーツとしての紹介だ。この微妙に懐かし恥ずかしいアイテム(今さら感?)が、僕らを70年代半ばという時代に導く。「グレナダ・レポートのトニー・ウィルソン、最後の放送になるかも知れません!」と初挑戦、「飛んでる! 体で味わう合法的ハイだ! セックスより気持ちがいい!」なんてTVで言ってていいのか? ちっぽけなグライダーがぺナイン山脈ののどかな風景に浮かび、バックに流れるワーグナーの「ワルキューレの騎行」。3年後初公開の『地獄の黙示録』(79)の先取りパロディ(?)で、いきなり笑かして、ドテポキグシャと着地(笑)。ちょっとヘタリつつ「…‥ハマりそうです、それじゃ」と締めくくってカメラクルーが去ると、彼はこっちを向いて!=スクリーンから僕らに話しかけてくる――「こういう犠牲的シーンがこの映画にはいっぱい出てくる。僕はイカロスだ…‥ん? わかんなきゃギリシャ神話を読んでくれ」。

彼はトニー・ウィルソン(スティーヴ・クーガン)。マンチェスターの地方局グレナダTVのキャスターだが、体当たり取材ばかりさせられて、ケンブリッジ大卒が自慢のインテリ・ジャーナリストとしては、いい加減腹にすえかねていた。1976年6月4日。レッサー自由貿易ホールに妻リンジー(シャーリー・ヘンダーソン)と出かけた彼は、そこで地元バンドのバズコックスが企画した、セックス・ピストルズのマンチェ初ライブを目撃。総数42名というショボイ動員力だったのだが、実はこの日の客の中には、後のマンチェスター・ムーヴメント=俗称“マッドチェスター時代”の中心人物となる連中が揃っていたのだ。シンプリー・レッド結成前のミック・ハックネルやバズコックスのメンバーはもとより、そのバズコックスのデビュー・シングルを作った天才的偏屈スタジオ・エンジニアのマーティン・ハネット(アンディ・サーキス)、スティッフ・キトゥンズ(まだイアン・カーティスと出会っていない=後のワルシャワ→ジョイ・ディヴィジョン→ニュー・オーダー)のバーナード・サムナー[この頃はディケン](ジョン・シム)とピーター・フック(ラルフ・リトル)など。そして後にジョイ・ディヴィジョン(→ニュー・オーダー)のマネージャーにして<ファクトリー><ハシエンダ>共同経営者となるロブ・グレットン(パディ・コンシダイン)もいた。彼と、売れない役者にしてトニーの相棒であったアラン・エラスムス(レニー・ジェームス)の三人が<ファクトリー>を作ったのだ。それにしても貧弱なライブ設備で、今から思うと微笑ましいピストルズのラフな演奏にビックリしたのもつかの間、それに恐る恐るノリ始め、ついにピョンピョン縦ノリで飛ぶ彼らの姿の、何と情けなおかしい感触!
『24アワー・パーティ・ピープル』
24 HOUR PARTY PEOPLE

2003年3月22日より、シネセゾン渋谷ほか全国順次ロードショー

監督:マイケル・ウィンターボトム/脚本:フランク・コットレル・ボトム/撮影:ロビー・ミュラー/出演:スティーヴ・クーガン、レニー・ジェームズ、シャーリー・ヘンダーソン、パディ・コンシダイン、アンディ・サーキス、ショーン・ハリス、ジョン・シム、ラルフ・リトル、ダニー・カニングハム、ポール・ポップウェル、クリス・コグヒル、エンゾ・シレンティ、ケイト・マグワン、ロウェッタ、ポール・ライダーほか
(2002年/イギリス/1時間55分/配給・宣伝:ギャガKシネマ)
∵公式サイト
で、TV番組で最初にパンクを紹介しただけでは飽き足らず、無性にバンドのマネージメントをしたくなったトニーは、マンチェスターの音楽シーンに深入りしていくことになる(母の遺産が入ったので資本があったってのは映画では内緒だが)。「工場閉鎖」って看板の目立つ街の片隅にあるラッセル・クラブの店長ドン・トネイと交渉、1978年5月19日から毎金曜夜の計4夜、ヴィニー・ライリー(レイモンド・ウォーリング)率いるドゥルッティ・コラムやキャバレー・ヴォルテール、そして作詞・ボーカルのイアン・カーティス(ショーン・ハリス)の加わったジョイ・ディヴィジョンなどによる、最初の「ファクトリー・ナイト」が開催された。ヘビメタ好き(客がビールをガバガバ呑んでくれるから)の店長トネイを何と呼ぶかで延々悩むトニー(名前が紛らわしいらしい)の姿や、70年代末のニューウェイヴなライヴ風景、客から罵声を浴びたり、店長のバンでのファンキーな「もてなし」に乗って、妻に手痛いしっぺ返しをされるとかとか…‥。ちなみにこのライブのポスターは「絶対に締め切りを守らない」(笑)ピーター・サヴィル(エンゾ・シレンティ)のデザインで、ライブが終わってから届いたりした(<ファクトリー><ハシエンダ>の象徴である黄色と黒の警告ストライプに「耳塞ぎ男」のマークってのは、フォロワーの多い彼の代表作)。年末にEP『ファクトリー・サンプル』が出て、インディーズ・レーベル<ファクトリー・レコード>が立ち上がる。アーティスト達の前でラリって書いた血判状を、契約書の代わりとするトニー。“ファクトリーは何も所有せず、アーティストが全てを所有する。アーティストはクリエイティヴに自由で、やめるのも自由”――これが十数年後の破滅を招くことになるのだが、その理想はラディカルでカッコいい。そしてサヴィル・デザインでリリースされるレコードは、他のインティーズの追随を許さぬクオリティで世界的な評判を呼んだ。郊外で「静寂を録音」したりしてる「天才」マーティン・ハネットを引き入れてのスタジオ録音風景(罵詈雑言の飛び、スタジオの外で練習させられて忘れられるドラムス…ってギャグも)を経て、1stアルバム『アンノウン・プレジャーズ』を完成させたジョイ・ディヴィジョンに焦点が合わされる。「ラヴ・ウィル・テア・アス・アパート」の歌われるライブ・シーン、「至上最低のバンド名」を挙げあったり、自らバンド名で非難されたり(ジョイ・ディビジョンって純潔白人女性ばかりのナチ専用売春もとい慰安婦施設の名前だからね)…‥ストだらけの1979年(サッチャー政権誕生の年)が点描され、1980年代に突入。メンバーの不和や葛藤が描かれ、アメリカ・ツアー直前のイアンの突然の自殺を、トニーはロンドン出張中に聞く。老伝令人に訃報を叫ばせるトニー、「いい追悼だろ?」と嘯くが打ちのめされてもいる。しめやかな葬儀。さらに追い撃ちをかける妻リンジーとの別離…‥。

「フィッツジェラルドは『アメリカに第二の人生は無い』と言った。でもマンチェスターは違う…これが第2章だ」とトニーが告げ、またも「ワルキューレ」が鳴り響く。屋上で、鳩に猫いらずを喰わせて大量殺戮を無邪気に楽しむショーン・ライダー(ダニー・カニングハム)率いるハッピー・マンデーズの登場である。「再現フィルムだ、撮影では一羽も殺していない…鳩を嫌う人もいる、空飛ぶ鼠だと言って…ムニャムニャ」と弁護なのか何なのか、ルーズに狂乱の日々を語り出す。82年、ファクトリー作品(イベントや訴訟!も含む)の通し番号「FAC51」にあたる伝説的クラブ<ハシエンダ>がオープン、またしてもサヴィル・デザインのチケットは当日に届き、マーティンは抜け、地元初のジャズ・バンドを作ってみたり、相変わらずTV仕事で動物園の象使いなんかを取材したりズレてるトニー。女性メンバー一人を加えた新生ニュー・オーダー(ナチ流「新秩序」!)は誰も期待していなかったが、フロッピーディスクを模したジャケットは1枚売れる毎に5ペンス損するという仕様だったりする。「1枚も売れないから大丈夫」…なワケはなく収録曲「ブルー・マンデー」はファクトリー最大のヒットとなる。でも出た儲けは<ハシエンダ>の借金に消える。行きずりの乞食が言う――「歴史は車輪だ」と。そしてファクトリー・ナイトのバンド合戦オーディションで最下位ってなハッピー・マンデーズと何故か契約。「Be-Z」と機体に描かれたUFOから降り立ったベズ(クリス・コグヒル)が彼らのライブでの踊り専用要員。主食は“E”=エクスタシーだ。<ハシエンダ>で黒人のように踊り出す人々。こうして「レイヴ文化」が認識され、子供達のダンスを収めたミュージック・クリップが作られ、ハッピー・マンデーズという「バンドとは名ばかりのアホ集団」はクスリと女だらけの「マジカル・ミステリー・ツアー」を謳歌することになる。トニーはミス英国を口説き、誰もがマンチェに知り合いを作りたがった。<ハシエンダ>は世界で注目される場所になったのだ。だがコカインや“E”の蔓延は<ハシエンダ>の売り上げにはちっとも貢献せず、福祉大臣からお呼び出しまで食らってテンテコ舞いする羽目になるトニー。90年には新オフィスを構えるまでに成長するファクトリー・レコードだったが、街ではクスリの売人だけが儲かり、銃犯罪が多発していた。「“ガン”チェスター」という汚名までこうむり、店の中でも発砲事件が起こり、自主的に営業停止した後で、売人をドアマンに起用して凌ぐ<ハシエンダ>。「天才エンジニア」マーティンが死に、金喰い虫(主にドラッグ代)のハッピー・マンデーズはいつまでたっても曲を仕上げてこない…‥。“E”がないということでバルバドス島で行われた録音合宿では、代わりに“クラック”に溺れる始末。何とかショーンに会ったトニーは、トンでた彼に銃で撃たれながらも(!)、やっとこさ音源DATを入手。オフィスで固唾を呑んで視聴するトニー達。前奏が始まりホッとしたのもつかの間、「…‥歌はいつ始まる? 歌は…入ってないのか!」ってなハチャメチャさだ。ついにロンドン・レコードに身売りする話もでるが、あの例の血判契約書ではいかんともし難く…‥こうして伝説となった、<ハシエンダ>最後の夜がやってきた。でもまだまだ人生は終わらない…‥。

Text:梶浦秀麿





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