ブリタニー・マーフィ

主役ではないけれど存在が目立ち、見終わってみればとても印象的。思いだして頂きたい。『17歳のカルテ』の神経性大食症のデイジーを。あるいは『サウンド・オブ・サイレンス』の、目の前で父親が殺されたために緊張型分裂病になり、10年間も精神病院に入院(保護)されている少女エリザベスを。時には主役よりも強く印象に残り、ドラマの鍵を握るのだ。ブリタニー・マーフィはこんな女優である。

『8マイル』でブリタニーが演じるのはウェイトレスのアレックス。モデルになって、落ちぶれた街の貧しい暮らしから抜け出そうとしている。有り体にいえばキム・ベイシンガーが演じる愚かで自堕落な女(ベイシンガーのぴったりなこと!)、つまりエミネムが演じる主人公ラビットの母ステファニーとは対照的だ。若いので当たり前といえば確かにそうだが、アレックスは人生を諦めてない。なんとかしてモデルになる夢を叶え、今の暮らしから這い上がろうとしている。

だからメジャーなラッパーになることを夢見ながら、突破口が見えずに閉塞感を募らせているラビットと恋に落ちるのは当然至極。ましてや母ステファニーの、男にすがり、捨てられたくない一心で子供に劣悪な生活を強いて省みない生き方にウンザリしているラビットである。アレックスに自分の希望を投影させたことは想像に難くない。またアレックスがラビットに自分の成功の夢を重ねたのも自然なこと。アレックスとラビット。二人の恋は互いが相手から自分の心情を嗅ぎ取る、いわば合わせ鏡みたいなものである。

この点では『サンキュー、ボーイズ』のビバリー(ドリュー・バリモア)と親友のフェイ(ブリタニー・マーフィ)に共通するものがある。ビバリーは妊娠したために高校を中退し、結婚して母になるのだが、閉鎖的な田舎町ではスキャンダルになりこそすれ、母になる歓びとはほど遠い心境。こんな時、フェイはビバリーに言う。「私も妊娠した」と。つまり爆弾発言という、ブリタニーらしい方法によって"私たちはこれからもずっと親友よ"とエールを送ったのだ。『8マイル』でラビットにアレックスは言う。「あなたは成功する予感がする---」と。

『サンキュー、ボーイズ』『8マイル』でブリタニーが演じた女性像は、溌剌として媚がない。結論から言えば、このタイプの女性は信頼に足りる。いざという時に日和ったりはしないと思われる。少なくとも自分のことは自分で引き受けるといった、ある種の潔さがにじんでいる。モデルになりたいという夢につけ込まれて、「カメラマンを紹介する」と、甘い言葉を餌にした男に遊ばれても、アレックスの凛とした姿勢は崩れない。こんなアレックスを演じるブリタニー・マーフィは実に生き生きとしている。キム・ベイシンガーとの好対照という意味でも、現代的で魅力的な女性像なのである。

それから『サイドウォーク・オブ・ニューヨーク』でも、ブリタニーはウェイトレスのアルバイトをしながらNYU(ニューヨーク大学)に通う、不倫体質(?)のアシュレーを好演している。さらに新作『Just Married』も待機中。思えば、彼女の名前を知ったのは95年に『クルーレス』で演じたダサイ転校生タイ。以後、既述したようにシリアスからコメディまでの幅広いジャンルで、変幻自在でありながら媚びずに個性的なキャラクターをこなしてきた。そして『めぐりあう時間たち』『エデンより彼方へ』『ヤァヤァ・シスターズの聖なる秘密』『マイ・ビッグファット・ウェディング』etc、etc。ちょっとした女性映画ブームの今日、ブリタニー・マーフィはその一翼を担うポジションにいる頼もしき女優である。

Text:Nao Kisaragi

『8マイル』
監督:カーティス・ハンソン/製作:ブライアン・グレイザー/脚本:スコット・シルヴァー/キャスト:エミネム、キム・ベイシンガー、メキー・ファイファー、ブリタニー・マーフィ他
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