21世紀的映画スタイル『ヒューマンネイチュア』

映画にはいろいろなスタイルがある。莫大な予算をかけて、有名なスターを出演させ、過剰なくらいの宣伝をして大きな収益を回収する典型的なハリウッド映画。あるいはSFXを駆使して、現実ではありえない映像で楽しませてくれるもの。インディペンデント映画として予算をあまりかけなくても良質な映画もたくさんある。映画にはいろいろなスタイルや個性があってこそ面白い。そういった映画のスタイルや個性をつくり出しているのはなんといっても監督の個性である。だからこそ、誰もが映画の話題になると、ついつい監督の話にもなってくる。俳優の演技力ももちろん大切だが、映画そのものはやはり監督のセンスが一番重要だろう。

「ヒューマンネイチュア」の監督はフランス生まれのミシェル・ゴンドリー。もともとPVやCFなどを手掛けてきた彼の初の映画作品である。この映画の一番興味深くて面白いことは、ミシェル・ゴンドリーのディレクション、チャーリー・カウフマンの脚本・プロデュース、そしてスパイク・ジョーンズのプロデュースという点である。この3人が集まったことによって、これまでの映画のスタイルにはない、新しい映画スタイルが誕生したといってもいいのではないだろうか。映画的なバックグラウンド、映画の手法にとらわれていない新しい感覚がこの映画にはある。

「マルコビッチの穴」と同じチャーリー・カウフマンによる脚本。いったいどうしたらこのような脚本がうまれるのだろうかというくらい脚本はオリジナリティがある。「自分をサルだと思いこんでいる男」「宇宙一毛深い女」「ネズミにテーブル・マナーを教える博士」。こんな3人の登場人物設定で、ストーリーをつくることができるのはおそらく彼だけだろう。そして、そんな彼の不思議な脚本にオーケーを出すプロデューサーがいままでいただろうか。そしてその映画を監督するのが、「マルコビッチの穴」ではスパイク・ジョーンズであり、そして「ヒューマンネイチュア」ではミシェル・ゴンドリーという個性ある若手監督なのである。新しくないわけがない。いままでの映画的な発想ではなかなか実現することができない脚本、そしてプロデュース。そして監督でありスタッフによる映画である。

映画のシステムやエンタテイメントは常に変化してきている。チャップリン、ヒッチコック、ゴダール、スティーブン・スピルバーグとジョージ・ルーカスが登場してきたように、映画の歴史においては新しい映画スタイルをつくりあげてきた監督達がいる。まさにこの「ヒューマンネイチュア」はそういった意味において、同じように歴史に残る映画になるのではないだろうか。

この映画にはPV的な撮影のところもあり、お笑い的な要素もあり、しっかりとしたストーリー性もあり、そして最後には、おちもある。見終わったあとにはこのタイトルのように、「HUMAN NATURE」とはいったいなんだろうとしっかりと考えさせられるようにもなっている。まさに「映画」である。全体を通して感じるのは、「いま」的な感覚とでもいったらいいだろうか。感動巨編でもなく、一大スペクタルでもなく、これこそ映画であるといった大義名分的な世界感ではなくて、ミュージシャンとかが持っている特有のジョーク的な感覚や少し照れた感覚、などがこの映画には感じられる。それが21世紀的ですごく面白い。

ミシェル・ゴンドリーとスパイク・ジョーンズふたりとも、最初から映画学校で勉強したというような経歴ではないといことも興味深い。ミシェル・ゴンドリーは学校ではグラフィックデザインを勉強しながら、バンド活動もしていたということ。スパイクジョーンズは、写真家兼編集者として「DIRT」という雑誌を立ち上げた経歴の持ち主であり、そしてその後の彼は、映像ではなく、「RAY GUN」「THE FACE」「DETAIL」といった、90年代を代表するようなカルチャー雑誌で写真を撮っていたといたことが大きな理由ではないだろうか。二人のバックグランドにあったのは、映画そのものではなく、なにかをつくり出したいという欲求であり、そして80年代、90年代の音楽やファッションや、デザインといったカルチャーが彼らのバックグラウンドには共通にあるのである。そんな彼らがつくり出す映画は、映画が好きで好きでたまらないといった、タランティーノとは違うスタイルになるのは当たり前である。(タランティーノの映画はもちろん素晴らしい、ただ、性格が違うように、映画のスタイルも違うだけである。)

これまでの映画的スタイルにこだわるということなく、映画のいいところ、面白いところにはこだわりつつ、新しい映像、映画をこのふたりはこれからもつくり出していくに違いない。くりかえしていうが、映画には監督の個性やいろいろなスタイルがあってもちろんいいいのである。そんななかで彼らのスタイルはいま、とても新しい、そして私たちにとってしっくりとするのである。映画でありながら、映画的ではないおもしろさがあるとでも言おうか。これからはますますいろいろなスタイルの新しい映像が「映画」には登場してるだろう。「映画」はますます面白くなっていきそうである。

TEXT:蜂賀亨

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●ミシェル・ゴンドリー
1963年ヴェルサイユ生まれ。学生時代、パリのEcole de Dessinでグラフィックデザインを勉強するかたわら、自身がドラムを担当していたOui OuiというバンドのPVを初監督する。この「ラ・ヴィレ」という16mmのアニメーションが話題になる。90年にラフェール・ルイ・トリオのPVを撮ってからはフランス最大のビデオクリップ製作会社ミディ・ミニュイの所属となる。93年、ビョークの「Human Behavior」のPVを撮り、一躍時代の寵児となる。ほかにダフト・パンク、ケミカル・ブラザーズ、ローリング・ストーンズ、ベックなど多くのアーティストのPVを監督している。さらにCFの世界にも誘われ、最初に手掛けたリーバイスのCFはカンヌでのライオン・ドール賞、D&ADでの3つの銀賞、英国政府官公庁の最優秀キャンペーン賞などCF業界で最多の賞を獲得したとして、ギネスブックに掲載されている。


●スパイク・ジョンズ
「マルコヴィッチの穴」で一大センセーションを巻き起こした天才ディレクター。マーク・ゴンザレスと共にブラインド・スケートボード・チームの30分ドキュメンタリーを監督したのが、この仕事の始まり。このフィルムがカリフォルニアの造船会社MPRの目に留まり、一連の産業フィルムを以来される。ビースティ・ボーイズの「Sabotage」を監督して、批評家からもストリートからも賞賛を浴び、以来MTVビデオミュージックアワードの常連となる。PVのほか、TVコマーシャルではナイキ、コカコーラ、リー・ジーンズなどを手掛け、彼の広告はカンヌ国際広告祭パルム・ドール賞を始め、数々の賞に輝いている。役者としても活躍しており、主な出演作品には「スリー・キングス」などがある。2002年には監督最新作“Adaptation”が登場する。


●チャーリー・カウフマン
TVシリーズの脚本家・製作者としてキャリアをスタートし、「マルコヴィッチの穴」で脚光を浴びる。今や数々のオファーが舞い込む人気作家に。スパイク・ジョーンズの2作目となる“Adaptation”も公開を控えている。