「君とボクの虹色の世界」/ COLUMN BY TORU HACHIGA

誰もが「優しさ」を感じることができる映画『君とボクの虹色の世界』

普段なにげなく毎日を過ごしていると、いったい自分はなにをやっているのだろうか?とか、なにがやりたいのだろうか?と人生に対する疑問を感じてしまう瞬間がある。ふと心にぽっかりと穴があいたような気持ち。そんなとき多くの人は気分転換に旅行にでかけたり、運動をしたり、音楽を聴いたり、それぞれの方法でリフレッシュしているようだ。しかし、不思議なことに無性に誰かに「優しくなりたい」とか、自分が「優しくありたい」と思うときがある。旅行やスポーツでは埋めきれない、不思議な感情。この「優しい」という気持ちは自分一人だけではなかなか解消することができない、とても取扱いが難しいデリケートな感情である。『君とボクの虹色の世界』はそんな「優しさ」を喚起させてくれる映画である。

この映画にはアクションシーンはないし、有名な映画俳優も出ていない、全編をデジタルハイビジョンで撮影したということで撮影費だって一本の映画としては大金をかけてはいないだろう。かつてのインディペンデント映画のスタイルをとった現在のインディペンデント映画といってもいい。音楽は大物アーティストがやりましたとか、有名な俳優が出ていますとか、製作経費何億とかいうのを売り(売りになっているのか?)にしている映画が多い中で、第58回カンヌ国際映画祭カメラドール(新人監督賞)受賞、2005年サンダンス映画祭審査員特別賞受賞、ニューポート国際映画祭新人監督賞受賞、他各国で様々な賞を受賞するなど新人監督による映画が世界で評価されているのがうれしい。

かつて80年代はジム・ジャームッシュ、スパイク・リーといったようなファッショナブルさがインディペンデント映画に欠かせない要素だったが、現在の状況は変わってきている。この映画に出てくる登場人物達のファッションはどちらかというと地味だし、インテリアや会話だってごくごく普通だ。それでも僕たちを十分に魅惑する魅力がこの映画にはたくさんある。いろいろな映画が氾濫している現在、僕たちが求めているのは映画のオリジナリティであり、映画のスタイルである。

この映画の監督ミランダ・ジュライは現在32歳。映画、音楽、パフォーマンスアートなど、様々な分野で活躍している彼女の初の長編映画がこの『君とボクの虹色の世界』。この映画全編を通じて伝わってくる「優しさ」はおそらく女性監督だからだろう。本人はきっと意識していないかもしれないが、こんなセンティブな映画をつくることはできるのは女性、あるいは女性的な感覚の持ち主でなければつくれないのではないだろうか。男性がつくるともう少し違う世界感になるに違いない。女性監督としてはソフィア・コッポラがガーリーなテイストで注目を浴びたが、ミランダ・ジュライの場合はどちらかというと、女性でありながらも、ミッシェル・ゴンドリーや、スパイク・ジョーンズ的なテイストを感じる(彼女がマイク・ミルズのガールフレンドだというのもうなずける。なんといいパートナーだろう)。監督自らが出演しているのと、全体的にナイーブな感じはウッディ・アレンとも通じるところがあるかもしれない。とはいえ、やはりミランダ・ジュライはミランダ・ジュライであって、他のだれでもないオリジナリティあるスタイルを持ってる。

ネットにおけるチャットや、アスキーアート、高齢者タクシーの運転手をしながらもアーティストをあこがれる主人公クリスティン(ミランダ・ジュライ)はデジタルカメラで写真を撮影しながらナレーションをつけたりするなど、インターネットやビデオカメラが普及したいまだからこそのシチュエーションづくりも興味深い。ファッションや音楽のセレクション、そして部屋の壁やいろいろなところで使われているピンク色などもかわいい。全体的なこの微妙な組み合わせは僕たちを少しほっとさせてくれたりもする。まさにミランダワールドといってもいい。

この映画のストーリはひとことでは語れない。ひとりのタクシーの運転手をしながら、アーティストをゆめみる女性クリスティーンと、彼女がショッピングモールの靴売り場で出会い、恋をしてしまった店員リチャード。そしてその二人をとりまく様々な人たちを巡る、様々なストーリとでもいったらいいだろうか。リチャードの二人の子供、リチャードの隣に住んでいる職場の同僚、近所の二人組の女子高生、ギャラリーのキュレーター、小さな街で、それぞれの日常生活のなかでおきる様々なエピソードが集まっている。この映画の主人公は誰かと聞かれたらちょっと答えに困ってしまう。もちろんクリスティーン役のミランダ・ジュライだとは思うけれど。この映画では誰もが主人公なのである。普通の映画はであれば、この人はカッコイイとか、かわいいとか、面白いとかいろいろとあるとおもうのだが、この映画では。誰もが適度に個性的で、かといって強烈なキャラクターの人も出てこない。誰もが魅力的にとらえられる。それもきっと彼女の狙いなのかもしれない。誰もが同じように「優しい」というメッセージがあるのではないだろうか。個人的に気になったのは、リチャードの次男。兄のピーターの横にぽつんと座って、ネットでチャットをしている弟ロビー(ブランドン・ラトクリフ)の姿はかわいいし、最年少の登場人物であるにもかかわらず、とても魅力的だ。このチャット相手(相手が誰かは映画をみてからのお楽しみ)にロビーがそっと手を差し伸べるシーンがあるのだが、これが私にとって一番印象的なシーンだったかもしれない。年齢や仕事や人種に関係なく、人と人とがなにかを求めあい、そして出会う瞬間。

忘れかけていた「優しい」気持ちにさせてくれる瞬間、それがこの『君とボクの虹色の世界』にはある。もちろん誰もが虹色の世界を求めているのには違いないけれど。虹色の世界はひとりでみるより誰かと一緒に見た方がきっと楽しいと思う。映画は一人で見てもいいけれど、見終わった後にはきっと誰かに「優しく」なりたくなるに違いないだろう。それが「君」と「僕」との世界だから。
Text : TORU HACHIGA
SPECIAL FEATURE : ME AND YOU AND EVERYONE WE KNOW
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「君とボクの虹色の世界」review
監督・脚本・主演:ミランダ・ジュライ
(2005年/アメリカ/90分/配給:ハピネット・ピクチャーズ)
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2006年4月8日より、
渋谷シネ・アミューズにて公開