Vol.1 「The Majestic Crest映画を愛する男に救われたシアター」 Vol.1 「The Majestic Crest映画を愛する男に救われたシアター」
 

名優の妻/母が建て、街の映画ファンが引き継いだ夢の劇場

桜田淳子の歌でも有名な(古すぎ!?)サンタ・モニカビーチと、多くの俳優が住む超リッチ地帯として知られるビバリー・ヒルズのちょうど中間あたりに、ウェストウッド(Westwood)という地域がある。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)が存在する大学街であり、ダウンタウンから遠すぎることも近すぎることもない、ややリッチな住宅街でもある。街には若者が溢れかえっているが、大学に勤める教授や医者、弁護士たちも多いので繁雑すぎることはなく、ハンバーガーショップが連なる通りの一本向こうに瀟洒なカフェやレストランが立ち並ぶ、というような具合である。また、ハリウッドに近いため映画やテレビ関係者も多く、その影響もあってか、このウェストウッドには数多くの映画館が建ち、映画関連イベント会場となることも多い。去る6月下旬から7月上旬にかけては“LAフィルムフェスタ”が開催され、街中の映画館で往年の名作や世界各国の未公開作品、さらには今後公開予定作品の試写会が行われたばかりだ。

そのような、LAでも有数の映画館密集地の中心部から少し外れたところに、「The Majestic Crest」なる、単館スクリーン映画館がある。建物自体はさほど大きくないが、日夜を問わずビカビカに輝くネオンが人目を引き、また公開されているラインナップも、小ぶりな名作や政治色の強い作品が多いかと思えばベタベタのお子様向け映画が上映されることもあり、あらゆる意味で「何かあるな」と思わされる佇まいなのだ。
そう思ってこの映画館の歴史を探ってみると、なるほど、なかなか複雑な経歴の持ち主であることが判った。
同映画館がこの地に建ったのは、1941年。映写機とスクリーンの代わりにステージがあり、生身の俳優による劇が上演される、いわゆる“劇場”として産声を上げた。創設者は、地元の名士であるフランシス・セーモア・フォンダ。俳優ヘンリー・フォンダの妻にして女優ジェーン・フォンダの母、と言った方が判りやすいだろう。だが劇場創設時、世は不幸にして第二次世界大戦の真っ只中。当時は劇場としての本分より、戦場のニュース映像を上映する公民館としての活躍が主だったようだ。
1970年代には一時MGMが経営したこともあったが、1980年代にパシフィック・シアターズの傘下に入ると、そのころは主にディズニー映画を上映していた。だが、上映作品と客層がマッチしなかったか映画館は経営不振に陥り、2002年、パシフィック・シアターは映画館を手放すことにしたのだった。この時点で建物そのものは教会か公民館に作りかえられることが計画されており、映画館としての使命を終える運命にあった。
だがそのとき、この瀕死の映画館を救うべく、一人の男が立ち上がった。地元でボックスオフィスデータ作成事務所を経営する、ロバート・バックスボーム氏である。幼少期より映画館を憩いの場とし、大学卒業後は映画館勤務を経て自らの事務所を立ち上げたバックスボーム氏は、そのような経歴の持ち主の例に漏れず、自らの映画館を持つことを最大の夢としていた。だからこそ今から3年前、近所の映画館が売りに出されるという情報を聞きつけたとき、必死に制止する妻の言葉にも耳を傾けず、子供たちの学費と老後の資金になるはずだった貯金をはたいて彼が長年の夢を成就させたのは、至極当然の帰結だったと言えるだろう。

現在のThe Majestic Crestは、さながら氏の映画に対する熱意の陳列棚といった趣だ。まず館内に入ってすぐのガラスケースには、映画『The Majestic』のポスターが貼られている。ジム・キャリーが主演するこの映画は、記憶をなくした男が田舎町の小さな映画館を経営する物語である。バックスボーム氏は、まさにこの映画を地で行っているのだ。
約350あるシートのうちの一つに腰を下ろせば、あなたはたちまち、1940年代のロサンゼルスにタイムスリップするだろう。周囲を囲む壁には、当時のハリウッドおよびウェストウッドの街並みが描かれており、そして天井にはプラネタリウムのごとく星がまばたく。それらの景観に「ほ〜」っと嘆息を吐き出したタイミングを見はかったかのように、空にスーッと流れ星が! 日常から切り離され、抜群のすわり心地を誇る椅子に意識が吸い込まれそうになったちょうどそのころ、スクリーンのカーテンがゆっくりと開き、ジョン・ウィリアムズの『That's Entertainment』が、文字通り娯楽の幕開けを告げる。
映画館評価
映画館:The Majestic Crest
(ザ マジェスティック クレスト)
(5点満点)
ロケーション:
外観:
内装:
スタッフ態度:
シート:
スクリーン:
音響:
ポップコーン:
ロケーションは中心街からは少し離れているが、大通りに面しておりアクセスは簡単。ただ外観はちょっとハデすぎで、やや下品な印象を与える。が、しかし、内装は'40年代のハリウッド周辺の街並みと流れ星が、幻想的な空間を作り出しているので好評価。シートもすわり心地は文句なし。カップホルダーも付いていて便利なのだが、傾斜がやや足りず、前に人が座っているとスクリーンが見づらい感じがする。スクリーンは質、サイズともに、可もなく不可もなくで、音響はTHX認定ではある。そして、ポップコーンの味は、バターと甘いケトルコーンの2種。どちらも美味しいのだが、バターは指がベトベトになり、ケトルコーンの方は食べる際に音がして、映画鑑賞のお供としてはイマイチ。

The Majestic Crest
Location:Westwood
1262 Westwood Blvd.
Los Angeles, CA U.S.A
Capacity:約350名
fee:大人10ドル、子供7ドル

元副大統領がアツく語る、地球がアツくなるお話『An Inconvenient Truth』

さて、この夏ロサンゼルスは記録的な猛暑に襲われているが、エアコンディションが適度に利いたこの映画館で現在上映されているのは、『An Inconvenient Truth』(邦題:『不都合な真実』)。元副大統領のアル・ゴア氏が、地球温暖化に警鐘を鳴らしながら世界各地で講演行脚する様子を捉えた、ドキュメンタリー映画である。
過去数日に比べるとグッと涼しくなり(とは言え、日中の気温は軽く30度を越えたが)、外出する気力もようやく沸いてきた土曜日の夜7時過ぎ。映画館の入り口では、実に洗練された雰囲気の紳士が柔らかな物腰でチケットをもぎってくれる。後に知ったことだが、なんとこのチケットもぎり紳士こそ、何を隠そうオーナーのバックスボーム氏だったのだ!
氏は、週末は時間の許す限り映画館に足を運び、自ら率先して館内の床を掃き、チケットをもぎり、そしてチケットの半券によるクジまで行っているという。そのようなオーナーの心のこもったもてなしの賜物だろうか、館内は約6〜7割の客の入り。この映画が公開から8週たっているということを考えれば、そして周囲では『パイレーツ・オブ・カリビアン デッドマンズチェスト』や『スーパーマン リターンズ』などの超人気作品が上映されていることを考えれば、驚きに値する盛況っぷりである。
客層は、人種的には白人、黒人、ヒスパニック、アジア人と多岐に渡っており、男女比もほぼ半々といったところ。だが年齢ということで言うと、他の映画より確実に高めだ。40歳前後と思われる人たちがメインで、60歳を越えているであろう白髪の紳士・淑女の姿も少なくない。この映画館は2年前に、ブッシュ政権を鋭く批判し物議をかもした『華氏911』を上映していたが、そのときの客層もちょうど似たような感じだった。

映画そのものは先述したとおり、地球温暖化問題に関するゴア氏の講演の様子が大半を占める。二酸化炭素増加によるグリーン・ハウス現象、それに起因する南極やアイスランドの氷の溶解、その帰趨として起きる水位の上昇――正直、内容のほとんどが日本でなら中学校で習うことであり、これと言って目新しいことはない。だが、大統領選に立候補したほどの弁舌家であるゴア氏の話術はさすが巧みであり、ときにジョークを織り交ぜながら聴講者たちを飽きさせることなく講演を進めていく。また、あまりに話の規模が大きいためイマイチ実態が掴めず、ともすると主題に対する興味や関心を失いそうになるが、適度な頻度で挿入されるゴア氏の幼少期の思い出や政治家としての足跡、また息子を交通事故で失いかけたという個人的体験談が共感を誘い、観る者を物語の核心へと再び引き込んでゆく。そして何より、ゴア氏が自ら足を運びフィルムに収めたという地球温暖化の証拠の数々――熱波に襲われたツンドラ/氷が溶け縮小した北極/水が干上がり砂漠と化した湖など――は、千の言葉以上の説得力を以って見た者に衝撃を与える。
映画のクライマックスは、公演終盤におけるゴア氏のあじ演説によって掉尾を飾る。
「我々アメリカ人は、今まで数多くの困難を克服してきた! 我々アメリカ人は、実現不可能と思われた数々の奇跡を起こしてきた! 自分たちの政府を確立し、女性も選挙権を勝ち取り……そうだ、我々は月にすら足跡を残したじゃないか! 一人一人が信じ、自分の役割を果たせば、我々はどんなことだって実現できるはずだ。そして、それら我々の願いを実現できる政治家に票を投じなければならない」。
この、最後の「票を投じる」のくだりあたりでは、客席から期せずして歓声と拍手が沸き起こった。中間選挙が近づいていることやカリフォルニアは民主党支持者が多いという背景もあるだろうが、やはりこのあたり、観客たちの政治や環境問題に対する関心の高さがうかがえる。
映画が終わったときも再び拍手が起きたが、ひとつ、ちょっと面白いことに気が付いた。観客のほとんどが、映画本編が終わったにも関わらず、エンディングロール中に席を立とうとしないのだ。普段は「エンディングロールの分まで金を取り返してやれ」とか、「何かサプライズがあるのでは」なんてケチくさいことを考え最後まできっちり見ていくのはわたしくらいなものなのだが、このときばかりは多くの同志がいた。というのも、エンディングロールの間あいまに、テキストによる観客へのメッセージが流れるからだ。例えば、「あなたの両親に、地球を汚さぬようお願いをしよう。もしあなたが親ならば、子供たちと一緒に地球のために立ち上がろう」といった具合だ。その一環で「(選挙では)環境問題に真剣に取り組む人に投票しよう」との一文が流れた、館内は三度拍手に包まれる。さらに続いて「もしそれがムリならば、あなたが立候補しよう」の文字が現れたとき、今度はドッと笑いが沸き起こった。

サマータイムの恩恵を受け、LAの夏の日は長い。だがさすがに、映画が終わったときには外はすっかり暗くなっていた。次の上映時間まではまだ30分以上あったが、早くもポツポツと客が入り始めている。白髪でやや腰の曲がった上品そうなご婦人二人が、「ちょっと肌寒いわね」「そうね。でも暑すぎるよりは、ずっとマシよ」などと言葉を交わしながら、館内へと足を運んでいく。その脇では、巨大なポップコーンのカップを抱えた黒人の子供たちとそのお母さんが、どこに座ろうかと慎重に席を吟味していた。映画を観終えた人たちの多くは、これからディナーでも楽しむのだろう。ある者は徒歩で街の中心に向かい、そしてある者は、車で排気ガスを吐き出しながら帰路へと急いだ。
 『不都合な真実』
(原題:An Inconvenient Truth)
 http://www.futsugou.jp/
 2007年新春よりTOHOシネマズ六本木ヒルズほかにてロードショー
 配給:UIP映画
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