[イナフ] Enough
2003年1月25日(土)、日比谷みゆき座ほか全国東宝洋画系にて公開

監督:マイケル・アプテッド/出演:ジェニファー・ロペス、ビリー・キャンベル、ジュリエット・ルイス、ダン・フッターマン、フレッド・ウォード、ノア・ワイリーほか
(2002年/アメリカ/1時間55分/配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント)

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【STORY】
リム(ジェニファー・ロペス)は港町のダイナーのウェイトレス。母の死後、天涯孤独の身ではあったが、ダイナーの店長フィル(クリストファー・メアー)を父親代わりに慕いながら、同僚で親友のシングル・マザーであるジニー(ジュリエット・ルイス)と共に日々の仕事に打ち込んでいた。ある日、一本のバラの花を餌にスリムを落とせるかという賭けをしたらしい客ロビー(ノア・ワイリー)から救ってくれた優しい男ミッチ(ビリー・キャンベル)と出会い、劇的に結婚。幸運な新婚生活をスタートさせることになる。建設会社を経営する裕福な夫の愛は、時に強引だが(彼女が気に入ったという邸宅があれば、すぐさまそこの主人に直談判して家ごと買い取ったりする)、彼女を守り幸せにするには充分なものだった。だが娘のグレイシー(テッサ・アレン)が5歳になった頃、浮気の発覚に開き直ったのを契機に、ミッチの暴力的側面があらわになる。服従を要求し、愛人も容認しろと殴り蹴る夫。思わず警察に駆け込むが、「娘の父親を犯罪者にするわけにはいかない」と思いとどまってしまうスリム。だが養われているというだけで我慢に我慢を重ねて余生をおくる――そんな人生なんてまっぴらだ。こっそり娘と逃げ出そうと決意したスリムだったが、見つかって蹴り殺されそうになる。助けに入ったフィルとジニーに銃を向ける夫に戦慄するが、機転をきかせてなんとか脱出。だがスリムは娘と二人、シアトル、サンフランシスコ、ミシガン州…と各地を転々とすることになる。すぐクレジットカードを無効にされ、ジニーのカードを借りてもその使用歴から居場所を突き止めるミッチの執拗さ、スリムの学生時代の男友達ジョー(ダン・フッターマン)の家まで押し掛けてくる彼の手先、裏の世界にも精通したやり口に追い詰められてゆく。遠い昔に母と自分を捨てた実の父親で、今は成功者となったジュピター(フレッド・ウォード)に頼るという屈辱も味わい、娘共々名前をかえて新しい生活を始めるのだが、そこも安住の地ではなかった。親権を盾にした裁判も迫る。かつてミッチは言った――「服従するか、闘うかだ」と。彼女はついに究極の選択をする!

【REVIEW】
歌手のみならず本格的な女優としても活躍する愛称J.LO(ジェイロー)ことジェニファー・ロペス。『アウト・オブ・サイト』『ザ・セル』『ウェディング・プランナー』など傑作・話題作を経ての主演最新作は、DV(家庭内暴力)をめぐるトリッキーなサスペンス劇だ。ま、正直言って、夫の暴力から逃れるためにヒロインがとった最後の手段が××!ってのは結構ビックリした。はたして夫は妻に××されるほどの悪いことをしたのか?と考えて(いや、確かに実は極悪人として描かれているし、二人の出会いすら裏があったと後半で明かされるから、当然の結果なのかもしれないけどさ)、ちょっと唖然としてしまった。とか言うとすぐに「男性側の立場でしかモノを考えてない」って言われちゃうのかもなぁ…。いや、フェミニズム系の考え方の、ある究極の答であることは確かで、世界中の虐げられている女性の理想のロールモデルとして、このヒロインの選択は(寒々しくはあるが)正しいとは思ってあげたい。それより気になったのは、現代の先進国女性は「父の娘」になること、つまり男性優位社会で「父のように」男性側の競争論理でのし上がってゆくという方法(男と対等に渡り合える)と、そのヴァリエーションしか、想像できないのかもしれないってこと。主人公スリムの母は旦那に捨てられて(おそらく)娘を一人で育てて早死にしたという設定だ。その娘スリムが同じように暴力夫をネグレクトして娘を一人で育てることになるかもって方向へと、物語は展開されるんだけど(結末がどうかは観てのお楽しみ)、はたしてその娘であるグレイシーちゃんは将来、母娘三代に渡る「男性不信」の呪縛から、上手く解放されるんだろうか?って余計な心配をしてしまったりして。スリムの場合は雇い主が父親代わりだったり、大成功したらしい実の父から「資金援助」だけしてもらったりと、影の薄い、しかし富裕層であるってな「便利な父親像」が、御都合主義的に描かれてしまっているのが厄介なところ(夫も金持ちだし)。はたまたスリムの同僚、ジュリエット・ルイス演じるジニーも二人の子供を持つシングル・マザーと設定されてるところからして、もはやウザい夫や父親ってのは不要かつ有害で、「金だけ出して後はただ女性を優しく肯定するだけ」って男性像こそが称揚されているのかも知れない。やっぱ男としてはトホホな気分だなぁ。あ、それから小さなネタだけど、「エメラルド・シティ」ってキイワードも興味深い。『オズの魔法使い』というアメリカ産ファンタジー(今流行りの『ロード・オブ・ザ・リング』『ハリー・ポッター』もイギリス産だからアメリカが誇る唯一の現代ファンタジーかもしれん)は、何でも願いを叶えてくれる魔法使いがいるという「エメラルド・シティ」へと、少女ドロシーが仲間達と旅をする話だ。有名な映画版のテーマ曲のように、スリムが「虹を越えて(Over the RAINBOW)」行った先にあるのは、女性(と「セックスが下手だから振られた」とか言ってるようなひ弱な、もとい優しい男?)にとっての楽園であることは確からしいのだが…。

監督は『007/ワールド・イズ・ノット・イナフ』(99)などのマイケル・アプテッド(ああノット・イナフで本作絡みの小ネタも書けたなぁ)。脚本は『悪魔を憐れむ歌』『ワイルド・スモーカーズ』『アンドリューNDR114』などのニコラス・カザン(エリア・カザン監督の息子さん)だ。あ、TV『ER』の人気俳優ノア・ワイリー(『ドニー・ダーコ』にも出てた)は、映画冒頭だけじゃなく後半にも出てくるのでファンは要チェックかも。

Text:梶浦秀麿


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